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2012年9月23日 (日)

デジュー・ラーンキ コンサート@横浜みなとみらいホール(シナイスキー&東響)

2012年9月18日(月)
14時開演
横浜みなとみらい 大ホール

【前半】
モーツァルト
ピアノ協奏曲 第27番 変ロ長調 K.595

【アンコール】
モーツァルト
ピアノソナタ 第16番 変ロ長調 K.570

【後半】
ショスタコーヴィチ
交響曲第4番 ハ短調 Op.43

東京交響楽団
指揮=ヴァシリー・シナイスキー
ピアノ=デジュ・ラーンキ
コンサートマスター=大谷康子

モーツァルトは大好きだけれどショスタコはあまり知らない私含めた2人と、モーツァルトは大の苦手だけれど、ショスタコは大好きな1人。
でこぼこトリオで、横浜みなとみらい に出向きました。

ソリストのデジュー・ラーンキといえば、35年ほども前に、アンドラーシュ・シフゾルタン・コチシュとともに、ハンガリー若手三羽がらすの一人として、もてはやされました。中でもラーンキは、今で言う“イケメン”度№1ということで、人気も№1でした。

そのラーンキもロマンスグレーの温和そうなおじさんとなり、地道な精進による円熟の境地を、一昨年リストのプログラムで堪能させてもらったばかりです。
モーツァルトの演奏はもともと定評があるので、この日のコンチェルトはとても楽しみでした。

第1楽章アレグロ。まずオーケストラが静かで短い序奏から主題を提示します。
音量を抑え、ヴィブラートも控えめの、ピリオド奏法に近い、かなりスッキリとした音の作りです。
短調への、ちょっとした転調が美しい。
モーツァルト晩年の寂とした境地。

そしてピアノが主題を引き継ぎます。

おや、耳がまだ慣れないのか?
ピアノの音が霞に包まれたように、ほんわりと柔らかに、エッジが取れて、丸みを帯びて、控えめに響いてきます。
5分経っても、10分経っても音色が変わりません。耳はもう慣れているはずです。

そう、これがこの日のラーンキの一環した主張だったのです。
まるでまだ楽器ととしての完成をみていない、フォルテピアノを奏でているような、柔らかで優しい音色。
決して焦らず、インテンポで、それでありながら、淀みがない。
サポートするオケも、まったくでしゃばることがなく、響きの少ないピアノの音を消し去ることがない。

展開部に入った時の、オーケストラの息を飲む転調。
時代を100年先取りするような。
いけない、いけない、戻らなくては、とモーツァルト。

ピアノとオーケストラの、いかにもおしゃべりしているような掛け合い。
長調、短調、長調、短調とめまぐるしく曲想は移ろい、クラシカルで美しい室内楽的アンサンブルに、気分はとろけるようです。

主題は戻り、時折ピアノは最初とは違う装飾などもみせる。
カデンツァはモーツァルト
ここでもラーンキは、慌てることはない。
同じソフトな雰囲気を保ちつつ、カデンツァ自体の多少の華麗さを、控えめに演出する。

第2楽章ラルゲット
まずはピアノのモノローグ。
遅すぎず、速すぎず。妙な感情移入もなく相変わらずのインテンポを保つ。
モーツァルトらしい、一番の聴き所ともいうべき、その直後のオーケストラの主題の受け。
盛り上がって、フッとピアノに落とす、そのタイミングや良し。
シナイスキー、わかっています

初見でも弾けてしまいそうな、超シンプルな中間部の旋律。
演奏家の精神がすべて透けてしまう、恐ろしい部分。
ラーンキには、まったく聴き飽きることがない。
適度な集中が保たれ、シンプルな音の運びに、目も耳も釘付けにされる。
淡い弱音なのに、音が、収容2000人余の空間に、幸せに満たされる。

第3楽章アレグロ。モーツァルトピアノ協奏曲最後の境地。
うっかりすると、ただ、明るく軽妙に終わってしかねない、これも危険な楽想。
心配は無用でした。
タッタラッタラーの跳躍は、微塵の軽薄さもなく、一環した丸みのある柔らかなタッチで奏されます。
2回のアイガンクはあまり遊ばずに、モーツァルトから離れず溶けこんでいる。
転調、転調、また転調、色が変わる、雰囲気が変わる、微笑みから悲しさへ、光がさすかと思うと、ほの暗い影が落ちる。
はぁ、天才、モーツァルト。

モーツァルトのカデンツァ
オケのカデンツァへのほわっとした受け渡し方がステキです。
そして、これも転調の嵐。
スケールで上り、下り、上り、下り・・・
たったそれだけなのに、なんという快感。

ロンド主題が戻る。
いよいよ最後の最後、いくぶん、ほんのいくぶんテンポが上がったかもしれません。
ピアノがタッタラッタラー、オーボエがタッタラッタラー。
オケのラスト、クァルテットのように、クラシカルにフワッと落とす終止。
期待していたとおりの終わりかたでした。

ブラボー!

聴いているときはうっとりでしたが、拍手を重ねているうち、なんだか胸がいっぱいになってきて、同じく心ここにあらずといった風のお隣の友達と顔を見合わると、思わず目頭が熱くなってしまいました。

モーツァルトのピアノ協奏曲をライヴでこんなに堪能したのは、ヌーブルジェのジュノムを聴いて以来です。

ラーンキのテクニックは、特にアーティキュレーションが見事で、レガート、ノンレガート、スタッカートなどをきっちり使い分け、モーツァルトの様式感を厳格に表現しようする意識が高かったと感じました。
そして、さしてソフトペダルを踏まないにもかかわらず、終始保たれた柔らかで抑制された響きを作り出すタッチは、驚異的でした。

鳴り止まぬ拍手に応え、アンコールを1曲。
モーツァルトのピアノソナタK.570から第3楽章
コンチェルトと同じ音色を保持したまま、まことにチャーミングで繊細な音楽でした。
ここまでで、すでに大満足のコンサートとなりました。
まだリサイタルのチケットを入手していなかったので、コンサートの後、さっそく購入してしまったのは言うまでもありません。

天へ召されたような気分を味わい、半ば呆然自失の休憩の後、ショスタコーヴィチの第4交響曲に挑みました。
ショスタコは最近でこそ、ピアノトリオやクインテット、クァルテットの一部などを聴くようになったものの、交響曲は私にとってまだまだ馴染みが薄い分野です。
事前にある程度予習していったものの、長いし難解ですから、ほとんど初めて聴くようなものでした。

結果、正直途中落ちかかったところもあったものの、なかなか楽しめたと思います。
大曲ですから、一度で構造が理解できるまではとうてい至るものではありません。しかし、部分部分の旋律や曲想には、惹かれるところが何カ所もありました。
弦がユニゾンでザッザッザッザッザッザッと弾くあたりとか、第3楽章の俗っぽくて人を食ったようなメロディーとか、ラストのツーーーーーーという弦の弱音のベースにチャランだのポロンだのと音を乗せつつ曲を閉じるところとか、おおいに気に入りました。
ピアノトリオや、クァルテットなどでも使われる、いかにもショスタコらしい冷厳に計算尽くされた作りというところでしょうか。
第1楽章の高速フーガも目を見張りました。

大喜びのタコ好き友人の大きなばんざい拍手に応えてシナイスキー氏がこちらを振り向いてくれたのにはびっくりしました。

しかし、また気になるジャンルが増えてしまい、生活を圧迫しそうで怖いものがあります。

前半は天にも昇る心地良い世界、後半は、脳みそを引っかき回されるような刺激的な世界を一度に体験し、友人たちとも感動をともにでき、実りの多いコンサートでありました。

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コメント

まいくまさん、
私もこの日のコンサートは忘れられません。
急遽横浜まで行って、本当に良かったです。
楽しかった思い出、いつまでも鮮明に記憶に残っていくことと思います。

本当にありがとうございます

またいつか、こっそりモーちゃん談義いたしましょう

まいくまさん、ありがとう…。
この日の楽しかった思い出はいつまでも忘れません。
本当にありがとう。

こっこさん:

ショスタコのレビューありがとうございましたm(__)m
本文と合わせて、完璧なレビュー記事にバージョンアップですね(^^;;
しかし、あれで冷静な演奏なのですね。
私にはあの程度で十分ですわ、今のところ(^^;;
神経を麻痺させるような曲自体の狂気、トゥッティによる大音量、管楽器による耳をつんざく最高音。
“耽溺する演奏”だと、脳が引っかき回されるだけでなく、液状化してしまうかもしれません。
ピアノ協奏曲のほうは、ついつい、ピアノ9、オケ1くらいのバランスで聴いていることに気がついて、いかん!と思うこともしばしばです。
この日もそんな傾向があったので、オケをしっかり聴いていらっしゃるこっこさんの感想は、参考になります。
これからも、どこかで同じコンサートを聴くことがあったら、よろしくお願いいたします(^_-)

まいくま

私も同プログラムを聴いて参りましたー。タコ好きなもので(笑)、そちらから。
シナイスキーは他のパフォーマンスまでするロシアの指揮者と違って、耽溺しない、ある意味で現代風の指揮者だな…と思って聴いておりました。それが物足りないという方もいらっしゃると思いますが、私はそういう方向が好みということもあって、聴けて本当に良かったです。
東響もとても忠実で、冷静な演奏であった分、ショスタコ四番の曲自体の構成がダイレクトに伝わりました。私は一切の妥協を排して冷厳な感覚が伝わる演奏に感心してしまいました。
そのため、前半のモーツァルトでは、オケとラーンキのピアノが別次元の此岸と彼岸にあって、演奏されているような感覚に終始襲われていました。
感覚は東響の演奏にあって、耳はラーンキのピアノに引っ張られていくのです。
もしかして一生かかっても決して到達できない境地かも…と思い、どっぷりと劣等感に浸った感じがしました。モーツァルトがあまり得意ではないので、実演はそれほど聴いていないからなおさら強く感じたのでしょう…。

それにしても、前半後半で聴き手として、さまざまなことを感じ、考えさせられた演奏会も少なく、貴重な体験ができました。

まいくまさんのレビューで、じっくり復習できちゃいました!

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