【ブックレビュー】『静けさの中から ~ピアニストの四季』
『静けさの中から ~ピアニストの四季』 (スーザン・トムズ著、小川典子訳:春秋社)
「OUT OF SILENCE ~ A PIANIST'S YEARBOOK」
日本人のピアニストには、中村紘子さんや、青柳いづみこさんのように、演奏と文筆活動を両立させている方がいます。海外のピアニストで、音楽評論ではなくエッセイが紹介されるケースというのは、珍しい気がします。
著者はイギリス人女性で室内楽を主として演奏活動を行っている現役のピアニスト。男性しか入れなかったケンブリッジ大学キングス・カレッジに女性として初めて学んだということです。
副題にあるように、章立ては1月から12月までに分かれています。
演奏活動で各地を旅をしつつ、季節がうつりかわるなか、ピアノのこと、音楽のこと、芸術のことを中心に、随想をつづっていきます。
知的でプロフェッショナルな視点と、わかりやすく具体的な話、そして流れるような文章。
へえ、なるほどと感心したり、そうそうその通りと共感したり、えっ、本当?とびっくりしたり。
プロ演奏家の本音、というふれこみですが、読んでいて著者の誠実さが伝わってきて、これはマーケティングではなく、本音だということが納得いきます。
著者はきっと抜群の才能に恵まれていたに違いないのに、自身の芸術家としての立ち位置に必ずしも確信を持っておらず、常に迷い、思索し、答えを探しているようです。
このあたりに、同じような悩みを抱える、人間としての共感を覚えます。
かといって、暗い悩みに苛まれているわけではなく、当然プロ演奏家として切磋琢磨するし、音楽を深く愛し追求しています。
具体的な内容にふれだすときりがないですが、彼女が“音楽”に深いこだわりと愛情を抱いている例として、今の日本でもファンの間でまさに取りざたされているような事柄に関するエッセイもたくさんあります。
昨今の大きくて艶のある音ばかりが要求されるコンサートのあり方や、若い演奏家にありがちなメカニック先行の音楽的とは言いにくい演奏などへの危惧、現代におけるライヴ演奏の負担、大衆に受け入れられないクラシックの現状、文化と商売との兼ね合い等々・・・
興味が尽きません。
クラシック音楽、特にピアノの愛好家にとっては、ぜひお薦めの、極上の一冊と言えるでしょう。
読みやすい文章は、もちろん訳者であるピアニストの小川典子さんの力量と、春秋社の編集者の貢献の賜でしょう。
なお、この本は著者スーザン・トムズさんのブログが元ネタということで、探してみたところ、ずばり、ありました。
こういう内容の文章なら、ぜひとも読みたいので、苦手の英語を読むための良い教材となりそうです。
※もし、来日したらぜひともピアノ・トリオを聴いてみたいです。
※昨日、Eテレで取り上げられたイギリスのプロムス音楽祭もちょっと登場します。
※まったく偶然でしょうが、今旬の話題のヒッグス粒子の話題もあります。
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コメント
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静けさの中からを読み終わりました。大変すばらしい本を紹介下さり感謝です。泣けるピアノからブログに入らせていただいての読破です。ありがとうございました。ぜひスーザン、トムズさんの来日情報が入りましたらご一報くださいますよう。万難を排して参じたいと思います。そんな日が来るといいですね。
投稿: 端緒庵 | 2013年3月20日 (水) 13時31分