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2010年11月の23件の記事

2010年11月30日 (火)

濃厚缶紅茶~コンサートホールの紅茶

基本的に音楽ネタだけに絞った記事を書いているのですが、実は雑文を書けと言われたら、山ほどネタがあります。

今日はたまたま「濃厚缶紅茶」がヒットしているという記事を見かけ、そういう紅茶を過日飲んだばかりでしたので、どうしても一文書いてみたくなりました。

ネタもとは東洋経済の以下のような記事

http://www.toyokeizai.net/life/living/detail/AC/555a9b5f6800a59d025c3bdd474d2d9b/

キリンビバレッジが発売した「エスプレッソティー」なるものがヒットしているとのこと。

そもそも、紅茶にエスプレッソというネーミングがどうなのか、ということはさておき、この缶紅茶、美味しいと勧められて飲んでみたけれど、およそ、私には飲めたものではありませんでした。

これはもちろん、紅茶というしろものではない。

缶コーヒー好きの男性に好まれて飲まれているということなので、もともと缶コーヒーを飲める人には、別のテイストとして受け入れられているのでしょう。
マーケティング的にはありでしょう。

素性正しき紅茶の葉を買って、正しいポットで、正しく淹れた紅茶は、世に出回っている「紅茶のような飲料」とは、まるで別のものです。
そして、「お茶」としての味わいを知ってしまったならば、もう「紅茶のような飲料」は飲めなくなります。

かつて、日本で日常飲まれていた紅茶は、トワイニングだの日東だののティーバックの紅茶で、レモンティーにして砂糖を入れて飲んでいたものでした。
紅茶とはそういうものだと思っていました。

ところが、実はそれは「色つきのお湯」に過ぎなかったことを、ある日知りました。

日本にはもともとお茶の文化がありますから、いずれ紅茶ももう少しお茶として正しく認識される日もくることでしょう。
しかし、現状ではまだまだ根付いていません。

仕事上でいただく日本茶を、まことに上手に淹れてくださる方はある程度いらして、たぶんどこかでしっかり日本茶の正しい淹れ方を学習しているはず。
でも、紅茶を完璧に淹れて出してくださる方はほとんどいない。
学習する場がないのですね。
家庭の文化としてまだ成り立っていない。

それどころか、そこそこのレストランで紅茶を頼んでも、満足がいかない場合がほとんどという状況です。(なのであまり紅茶は頼まない)
プロでさえ、紅茶の認識は甘いと言わざるを得ません。

前置きが長くなりました。
サントリーホールが最初だったか、コンサートホールにバーができて、休憩時間に一服できるようになったのは、嬉しいことです。

アルコールを飲むと眠くなってしまうので、ソフトドリンクにしているのですが、ここで出される紅茶はおよそいけません。

あれで一杯400円というのは、ぶったくり以外の何ものでもありません。

最上の音楽を聴いて、インターバルに最低の紅茶。
こんな悲しいことはありません。

文化を提供する場なのですから、そういうところにも気配りをお願いしたいところです。
贅沢なお願いでしょうか。

※じゃ、おまえ美味しく淹れられるのか!と言われたら、淹れられます。
ピアノ弾けるのか、というのと違いますからね(^^;)
私と同じくらい美味しく淹れられるのは、ごく一部の紅茶専門店くらいです。
サントリーホールが淹れ方伝授してくれというのなら、いくらでも教えたいとこです。

※ここ10年くらいでしょうか、一部外食産業で、だいぶ紅茶の研究が進み、まずまずの紅茶が外でも飲めるようにはなってきました。
少なくとも「色つきのお湯」よりはマシになった。
質の良いテトラバックが普及してきたこともその理由でしょう。
今日飲んだスターバックスのブレックファーストティーもまあまあでした。

レモンティーというのは、紅茶の味わい方としては邪道です。
いろいろ試してみると、レモンの代わりにオレンジならば、茶葉によっては紅茶の風味を損なわずに飲むことができます。
もちろん、砂糖は基本的には入れません。

ミルクティーのミルクは牛乳でなければいけません。
それもできれば低温殺菌牛乳が望ましい。
砂糖はコクだしのため少し入れることはありです。
でも入れなくても十分甘い。

※本物のダージリンティーにはどうかミルクやレモンを入れないでください。
特にファーストフラッシュとセカンドフラッシュはダメです。
オータムナルならミルクはありかもしれません。

※ダージリンの個性を味わうのなら、安くないですがシーズンティーを求めましょう。
ダージリン地方の、ある茶園で取れた、春摘み(ファーストフラッシュ)のお茶、という感じです。
ブレンドされておらず、採れたて、ということです。

2010年11月28日 (日)

芸術の冬!

コンサート通いをしていなかったころは、芸術の秋とかいったところで、別に生活に変化はありませんでした。

それがはじまってみたら、秋から冬にかけてはこんなに大変なものとは思いませんでした。

この12月も行くことが決まっている、そして、行ってみたいコンサートが目白おしです。

仕事の日程とのバランスをとり、体力も考え、財布の中身も考え、上手に作戦をたてないと、生活が破綻します。

決まっているのは

1日、すみだ、アルゲリッチのコンチェルト2曲。

5日、さいたま、アレクセイ・ゴルラッチのショパン

8日、紀尾井、セルゲイ・エデルマンのバッハからショパン

13日、オペラシティ、ピエール=ロマン・エマールのリストやラヴェル

あと、予定があいたら行ってみたいのが、

3日、紀尾井、エル=バシャのベートーヴェン

4日、文化会館(小)、海老彰子

9日、トッパン、小川典子

9日、紀尾井、アンリ・バルダのショパン

14日、オペラシティ、ゲオハルト・オピッツ

複数、紀尾井他、コンスタンチン・リフシッツ

26日、すみだ、ヴィヴィアナ・ソフロニツキー

もし、日本人ピアニストのコンサートで、おすすめが
あったら、ぜひ情報をお寄せください。

メジャーでなくても素晴らしいピアニストはきっといると
思うので。

2010年11月27日 (土)

カジモトコンサート12月版発表

カジモトからコンサートガイドが発表されました。
ヌーブルジェがどうかと思いましたが、またもや空振り。

来年の来日はなくなってしまったのでしょうか。

海外ピアニストの新しい来日情報としては以下のとおり。

2011/5/21(土)サントリーホール
ピョートル・アンデルシェフスキ

2011/8/29(月)東京オペラシティ
ピーター・ゼルキン

2011/10/7 東京オペラシティ
ボリス・ベレゾフスキー

2012/1/25 東京オペラシティ
アレクセイ・ヴォロディン

アンデルシェフスキはぜひ聴いてみたいです。

カジモトのサイト
http://www.kajimotomusic.com/news/2010/11/26/kajimoto-concert---vol32-2010-december.php

2010年11月25日 (木)

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2011日程決定

来年の東京でのラ・フォル・ジュルネの開催日程が発表されました。

丸の内・周辺エリア:2011年4月28日(木)~5月5日(木・祝)
東京国際フォーラム:2011年5月3日(火・祝)~5月5日(木・祝)

テーマ:「タイタンたち」

1850年頃から1950年頃にかけて活躍した作曲家たち。
ブラームス、リスト(後期)、マーラー、リヒャルト・シュトラウス、ワーグナー、ブルックナー、シェーンベルク

すでに今年のラ・フォル・ジュルネ終了時点で、ブラームスを中心とした後期ロマン派と発表されていましたが、多少焦点がずれた感じがします。

あまり親しんでいない後期ロマン派。
またまただいぶ予習が必要そうです。

ただ、当然ピアノを中心に聴くことになるので、ブラームス、リストあたりがほとんどになることでしょう。

ブラームスもリストもお得意の、ヌーブルジェは来日してくれるのでしょうか。
最近、まったくと言ってよいほど情報が出てこないので歯がゆいです。
1ヶ月にひとつ程度のコンサートの予定くらいしか見えない。

パリ音楽院の教授の仕事が忙しいのか、新しいレパートリーを開拓しているのか・・・

ヌーブルジェは、昨年あたりは1月から6月くらいまでは各地のラ・フォル・ジュルネにひっぱりだこ。秋口からはさっぱり情報が減ってしまいました。

あまり露出しすぎて消耗してしまうのもよくないですから、少しはがまんせねばなりますまい。

今日、ひさびさにオーベルシュル・オワーズ・ライブを聴いていました。
ショパンのタランテラやエコセーズ、アンスピなどの、なんと躍動的で清々しいこと。

多彩な個性であふれた今回のショパンコンクールにも、こういう個性はいなかった。

あらためて惚れ直しました。

※金沢のラ・フォル・ジュルネはシューベルト。日程がどうなることやら。

2010年11月23日 (火)

ウィーン弦楽四重奏団コンサート@リリスホール

最近、ピアノの好みの範囲-ピアニストも作曲家も-が広がり、さらに弦楽器も好きになりつつあり、困ってしまいます。そんなに時間に余裕はない・・・

しかししかし、田舎の小さなホールで超一流のカルテットが演奏してくれるとあっては、これを聴かずしてどうする、ということで行ってしまいました。

【演奏】
ウィーン弦楽四重奏団
 ウェルナー・ヒンク(第1ヴァイオリン)

                       :ウィーンフィルの元コンマス
 フーベルト・クロイザマー(第2ヴァイオリン) 
                     :ウィーンフィル 第1ヴァイオリン首席奏者
 ハンス・ペーター・オクセンホファー(ヴィオラ) 
                     :ウィーンフィル ヴィオラ奏者
 フリッツ・ドレシャル(チェロ) 
                     :ウィーンフィル チェロ首席奏者

【プログラム】
ハイドン:弦楽四重奏曲 第77番 ハ長調 「皇帝」 Hob.Ⅲ-77
ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲 第12番 ヘ長調 Op.96「アメリカ」
モーツァルト:弦楽四重奏曲 第19番 ハ長調 K.465「不協和音」

【アンコール】
モーツァルト:弦楽四重奏曲 第17番 変ロ長調 K.458 「狩」
                  から第3楽章

                  

あまりカルテットには親しんでなくても感じます。
これぞクラシカルというべき素晴らしい音楽。
音は豊穣で、アンサンブルは完璧。

ヒンクはとても繊細。
クロイザマーはパワフル。
オクセンホファーは安定感抜群。
ドレシャルは分厚い音量。

それぞれに素晴らしい個性。

ハイドンの第2楽章の変奏曲で、それぞれの楽器がソロを受け持つところで、早くも感極まってしまった始末。
ドヴォルザークは活気にあふれ、新世界の雰囲気満喫だし、モーツァルトは軽妙で外向的なピアノ曲とはひと味違う、緻密で内省的な世界。

4本の旋律を集中して聴きこんでいると、なんだかくらくらしてしまいました。

ホールは300席と室内楽にはほどよく、傾斜がきついので見通しがよく、音響もよかったです。

こんなに良いものを聴いてしまうと、もっと行きたくなってしまいます。

あー困った困った。

※入りは6分くらい。田舎とはいえもったいないことです。
8,000円という値段が微妙だったのかも。
でも、これだけ一流ですからねえ。

※聴衆の年齢層は異様に高い。
若くて音楽を勉強しているような人は来ないのでしょうか。

2010年11月21日 (日)

イリーナ・メジューエワ レクチャーコンサート@朝日カルチャーセンター

ジューエワと評論家の真嶋雄大による、「ショパンvsシューマン」の講座の折り返し。

それぞれの晩年の曲の特徴についてレクチャーを受け、その上でメジューエワの演奏を楽しみました。

●第3回 ロマン主義の彼方へ ~晩年のヴィジョン
シューマン:幻想小曲集 Op.111
シューマン:暁の歌 Op.133
ショパン:マズルカ Op.59
ショパン:ノクターン Op.62-1
ショパン:舟歌 Op.60

シューマンはメジャーな曲でなく、私は聴くのは初めてでした。
幻想小曲集は有名なOp.12とは別物。

同じメロディーが執拗に出てきていかにもシューマンらしい。
1曲目はクライスレリアーナをやや思わせる。
でも地味目の曲です。

音が少なくなっている、ということで、ソナタ第2番の第1楽章と第4楽章の出だしを、いとも簡単に弾いてみて、どうですか?音が多いでしょう、と解説をしてもらえ、目をみはりました。

この曲、ユジャ・ワンが来年の3月に弾くということに後で気がつきました。
もっと聴きこまねば。

「暁の歌」はレクチャーによると、シューマンの精神状態がぎりぎり正常だった実質最後の曲だそうです。
真嶋雄大氏はさかんに変な曲だと言っていました。
メジューエワによると、人間がいない音楽、痛み・悲しみ・寂しさそのままであるとのこと。暁というより黄昏であると。

シューマンは晩年に向かい、ピアニスティックなものからシンフォニックなものへと音楽が変容していった。
この「暁の歌」も頭で考えた曲で、手のことは何も考えていない、というのが笑えました。
妻のクララも理解できなかった曲らしいです。

聴いてみると、両氏がおっしゃるほど変な感じではなく、ブラームスの晩年の小品集を思わせる雰囲気があったり、一部にはシューベルトの即興曲のような雰囲気があったりし、現代音楽を聴くほど理解しがたいというわけでもありません。
名曲か、と問われたら、ショパンの晩年の充実度に比べると確かにどうかとは思います。
真嶋氏曰く、何を言いたいのだかわからない。

それよりレクチャーで気になったのが、シューマンの絶筆だという、「天使の主題による変奏曲」のこと。
真嶋氏が「絶対聴きたくない」と言うのでと、逆に聴きてみたいではないですか。

シューマンはそんなわけで、演奏も具合はあまりコメントできません。

それに対してショパンは、ショパンコンクールでさんざん聴いた曲ばかりでしたので、おおいに楽しめました。

ショパンの晩年は、ピアニスティックな技法はそのままに、メロディーはポリフォニックになり、和声も形式も複雑になっていっていき、非常に高みに到達している。
それはもちろん、ただ聴いている素人としても理解できていますが、実際に、マズルカ7-1やノクターン9-1、9-2などは、左手が伴奏で右手が旋律であることがはっきりしていること、それに対してマズルカ59-2やノクターン62-1がどれだけ複雑であるかを、弾き比べて示してもらえました。

62-1の中間部でポリフォニックに展開されているところを、4声の声部ごとに歌付きで弾き分けてもくれました。
さすが、プロ。
真嶋氏は、晩年のノクターンは複雑でわかりにくいとのことでしたが、聴き込むにつれすばらしさがわかってくる曲ではないでしょうか。

演奏はいつものようにすばらしい。
今日は全体的にややテンポが速め。
メジューエワはピアニシモであっても、鍵盤を深く鳴らし、なよなよしていない。そしてフォルテは独特の濃い情念を醸し出す。

今日の圧巻は、ノクターンOp.62-1のフォルテによる提示終了後の上昇下降スケール。
身体が震えました。
真嶋氏が演奏後、開口一番「やはり何だかわからないですねえ」とメジューエワにふったのですが、それは失礼というものじゃないでしょうかねえ。

曲も演奏も極上なのですから。
メジューエワだって、そんな風に振られたら答えにくそうでした。
「えっ、えー、まあ、そうですねえ」とか。

舟歌のコーダも凄かった。
最後ちょっと事故ってしまったのはご愛敬。
恥ずかしがり気味のメジューエワはチャーミングでした。

それにしても、会場の超デッドさは相変わらずで、さすがのメジューエワでもところどころプチプチ音楽が途切れてしまいがち。

おまけに、今日はピアノのダンパーペダルが、踏むたびにキーキー音をたてるわ、弦の一部はシャカシャカして今にもきれそうだわ、さらに、いつもの上手な譜めくりの女性がおらず男性の違う人でとても危なっかしく、見ているほうも落ち着かなかったです。

ぜひとも、今日のプログラムは紀尾井ホールあたりで、最高のピアノと最高の響きで、聴き直したいものです。

※今日は受講者が少なかった。40名くらいだったでしょうか。
まあ、ピアノを聴くには貧弱な会場というせいもあるのかもしれません。

2010年11月19日 (金)

セルゲイ・シェプキン リサイタル@すみだトリフォニーホール

昨年に続いて2度目になります。
今回は熱情ソナタと展覧会の絵が聴けるとあって、おおいに期待をもって臨みみました。

思わぬ展開があり、大満足でした。

前半】
J.S.バッハ:パルティータ第1番 BWV825
ベートーヴェン:ピアノソナタ第23番「熱情」
【後半】
スクリャービン:2つの詩曲 Op.69
ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」
【アンコール】
ブラームス:間奏曲 op.116-4
J.S.バッハ:ゴールドベルク変奏曲から、アリア

パルティータ1番は曲自体が好きですし、シェプキンの演奏はCDで親しんでいたので、ライブでどんな音楽に聞こえるのか楽しみでした。
当然同じアプローチでしたが、若干ホールが響きすぎてしまってやや音が響きに埋もれがちなのが残念でした。
しかしながら、サラバンドでは得意の装飾が駆使され、らしさ爆発。
ジーグでのメロディーラインの浮立たせかたには耳をそばだてました。

熱情ソナタはかつて聴いたことのない、流麗な作りでした。武骨さが微塵もない。フォルテでも決して叩かず、音の響きを大切にする。
高音域のキンキンせず、ソフトで軽やかながらも華麗な響きが特筆です。
ある意味ベートーヴェンらしくないとも言えます。
しかし、音楽自体をこねくり回しているのではないので、異端という感じはしません。
第3楽章コーダは、ほとんどの演奏家はライブでは猛爆して勢いだけになりがちなところ、シェプキンは驚異的にテンポをあげながらも、一音たりとも明瞭を欠いた音がありませんでした。

演奏姿勢からもうかがえるえのが、上体が力まず、無駄な動きがほとんどなく、完全に腕を脱力しきっている。
繊細な音を出せる人の共通の特徴ですね。

後半に入ると、調律で調整したのか、幾分響きがコントロールされるようになった気がします。
スクリャービンはシェプキンの美点が最高に発揮される曲想。

「展覧会の絵」は、かなり手を加えるのではないかと、怖いものみたさの興味がありましたが、演奏自体はオーソドックスでした。
シェプキンワールドはこの曲でも発揮され、極上の響きと、流れるようなメロディー、丁寧な細部の作り込みによって、華麗な世界を構築しました。
冷静で激さず、あくまで知的な美意識で貫かれていたと思いますが、そこはライヴのおもしろさで、後半になってくると、やや興がのってきたようで、集中が高まり、音楽に激しさも増してきたように感じました。
バッハを装飾を多用して弾いているようにきこえたりもしました。

プログラムも充分満足のいく演奏でしたが、アンコールでさらなる感動を味わうことができました。

ブラームスの晩年の間奏曲は、ショパンのような叙情と、20世紀を先取りするような響きをあわせ持つ。晩年の渋みより、これまた美に焦点をあてた演奏。

2曲めになんとゴールドベルクのアリア。
これが素晴らしかった。まさに神の領域。

触るか触らぬかというくらいの、力の抜けた軽いタッチ。
狭雑物を一切排したピュアな美の世界。
なぜか最初のパルティータと純度がまったく違う。

そして、リピートでは縦横無尽な予想できない装飾の荒。
酔いしれました。

滅多にしないことなのですが、終了後にゴールドベルクの新アルバムを買ってしまいました。

最後のアンコール2曲で、一挙にチケットのコストパーフォーマンスが上昇。
お得なコンサートになりました。

※観客の入りは4割~半分くらい。何故だーーーーーーーーーーーと叫びたい。
ポリーニ、アルゲリッチ、内田光子ばかりがピアニストじゃありません。

※そのせいか、ホールが非常によく響きました。ル・ジュルナル・ド・パリの時のオペラシティホールに近い感じでした。

2010年11月17日 (水)

アンヌ・ケフェレック リサイタル@王子ホール

ラ・フォル・ジュルネですっかりおなじみのアンヌ・ケフェレックのリサイタルを聴いてきました。
ショパン生誕200年記念の企画ですが、バッハ、ヘンデル、ベートーヴェン、ショパン、モーツァルトと盛りだくさんでした。

【前半】

J.S.バッハ/ブゾーニ:
   コラール前奏曲 「いざ来たれ、異教徒の救い主よ」 BWV659a
J.S.バッハ:
   協奏曲 ニ短調より アダージョ BWV974-2
   (原曲 マルチェッロ:オーボエ協奏曲)
J.S.バッハ/ヘス:
    カンタータ 第147番 「心と口と行いと生活が」より
       コラール“主よ、人の望みの喜びよ” BWV147
ヘンデル/ケンプ:メヌエット ト短調 HWV434
ヘンデル:シャコンヌ ト長調 HMV435
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 Op.27-2 「月光」

【後半】

ショパン:ポロネーズ 変ロ長調 KK IVa-1
     :ポロネーズ 変イ長調 KK IVa-2
     :マズルカ 第8番 変イ長調 Op.7-4 (初稿)
     :ノクターン 第19番 ホ短調 Op.72-1
     :ノクターン 第1番 変ロ短調 Op.9-1
     :3つのマズルカ ト長調、変イ長調、ハ長調 Op.50 
     :スケルツォ 第4番 ホ長調 Op.54

【アンコール】

J.S.バッハ/ブゾーニ:
          コラール前奏曲 「我汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ」 BWV639
モーツァルト:
      ピアノ・ソナタ K.331 第3楽章「トルコ行進曲」

      
王子ホールは何度聴いても音がデッドで、ケフェレックの華麗な音質はどうだろうかと思っていました。
基本的にやはり同じで、響きの薄い乾いた音になってしまいます。

しかし、さすがそのあたりはベテランのケフェレック。
最初のコラール前奏曲がややプチプチ気味になったところ、2曲目からはコントロールしてまあまあ響かせてきました。

ヘンデルのメヌエットまでは、昨年のラ・ファオル・ジュルネで聴いたバッハの瞑想シリーズの延長のようで、しっとりと落ち着いて内省的。

バッハ/マルチェッロの協奏曲第2楽章は、グールドの演奏で親しんでいたとても素敵な曲。グールド以外でピアノで聴くのは初めてで、左手はアルペジオではなく、楽譜どおり普通の和音で弾いていました。
美しい。
そんなに難しくないので、ぜひいつか弾いてみたいです。

ヘンデルのシャコンヌは、8小節の短い主題と、20個の変奏からなり、変奏が進むにつれ、だんだん華々しくなります。
ケフェレックの華麗なテクニックの見せ場でした。
ところどころ、バッハのゴールドベルク変奏曲を思わせる曲想がありました。

ベートーヴェン月光ソナタ
かなりテンポを崩すケフェレックですが、さすがにベートーヴェンはインテンポ。ゆっくりした第1楽章は集中し、アタッカで第2楽章へ。第3楽章も基本崩さず、しかし、ノリよく前へ前へ。このあたりの躍動感はケフェレックらしい。音がデッドなので、やや和音の迫力は不足気味でしたが、音楽の細部が明瞭になって、すべての音が見えるようでした。

後半はショパンプログラム。
最初期のポロネーズとマズルカはショパンの若書きの曲ながら、ショパンらしさが現れている。

ノクターンは、やや性急な感じもするのですが、ケフェレックはショパンは華麗に弾くタイプなので、泣けるようには弾きません。

マズルカOp.50は、今年相当聴いたので、曲の表現のしかたの違いがかなりわかるようになってきました。
ケフェレックは、相当リズムをデフォルメ的に強調して、ルバートをかけまくります。
止まりそうになったり、急いだり、2拍子みたいになったり、と。
遊びまくって、ぎりぎりセンスで統一といったところでしょうか。

スケルツォ4番は、いつも名演。
諧謔性、自由闊達、中間部の叙情、申し分なしで楽しめます。

アンコール1曲目は去年2回聴いた18番。
2曲目も去年リサイタルで聴きましたが、今回ちょっと表現を変えてきて、遊びの要素がだいぶありました。

お腹いっぱいのコンサート。

しかしやはり、私はケフェレックは浜離宮、紀尾井、オペラシティの方が合っているのではないかと思います。

2010年11月15日 (月)

ナンネル・モーツァルトの映画

昨日のサントリーホールで、毎度のことながらコンサートのチラシをどっさりもらってしまいました。

来年春頃までの主だったコンサートで、新たにチェックしておくものはもうなかったのですが、1枚だけ興味をひいたのが、

「ナンネル・モーツァルト~悲しみの旅路」

というフランス映画のチラシ。
来春ロードショーだそうです。

モーツァルトの姉、ナンネルが主人公という、ややマニアックそうな映画です。
ヴェルサイユ宮殿での撮影もあるそうで、18世紀後半の宮廷の模様が音楽シーンとしてたっぷり期待できそうです。

ルネ・フェレ監督。
主役はマリー・フェレという女優さん。
チラシに使われているカットを見ると、メジューエワそっくりでびっくりしてしまいました。

渋谷のル・シネマで封切りされます。

2010年11月14日 (日)

内田光子&クリーヴランド管コンサート@サントリーホール

超一流の演奏に接すると言葉を失う。

言葉を探すことも忘れ音楽に没入してしまいました。
なんとか反芻して少しは書いてみます。

奇しくも春に聴いたアンスネスとまったく同じ曲です。

管弦楽:クリーヴランド管弦楽団
ピアノ&指揮:内田光子
【プログラム】
モーツァルト:ディヴェルティメント ヘ長調 K138
モーツァルト:ピアノ協奏曲 イ長調 K488
モーツァルト:ピアノ協奏曲 ハ短調 K491

まずはディヴェルティメントでオケの挨拶。
チューニングなしでいきなり開始。
とてもふくよかで温かく音量豊か。
期待できます。

いよいよ内田さんが颯爽と登場。
弾き振りでピアノは屋根を取り、客席に背を向けての演奏。
ヴァイオリンは対向。
コンバスは左。

全体的に遅めのテンポ。意外でした。
ピアノは異次元、極上の美音。
エレガントの極致。
オケとの掛け合いはオーソドックスに、カデンツァやアイガンクになると、俄然自由になる。
テーマの繰りかえし部分では装飾もかなり加えていました。

そしてびっくりしたのがオーケストラのコントロール。
たまたま見通しの良いRBだったこともあり、微に入り細に入る指示を堪能できました。
まるでピアノを弾いているようにオーケストラを操る。
ピアノとオーケストラが完全に一体化していました。

23番イ長調は流麗さを表現し、24番ハ短調は内田さんらしく構造をくっきり浮かび上がらせ、両者の性格の違いを明確にしていました。

特に24番の第2楽章から第3楽章にかけては、スローテンポと異様に細やかな管楽器に対する要求が感じられ、凄まじい緊張感でした。
管、破綻しないだろうかとハラハラしてしまいました。

春のアンスネスは推進力があり、楽く素敵な時間を過ごせた、という感じだったのに対し、内田光子は尋常でないものを聴いてしまったというインパクトを受けました。

ホールは本気度200%といった盛大な拍手で、照明が灯っても拍手が鳴り止むことはなく、カーテンコールが続きましたがアンコールはなし。
あれだけの演奏を聴けたらそれ以上望むのは贅沢だったでしょうか。


【ヌーブルジェ動画】L.H.ヘラルド:ピアノ協奏曲第3番

ルイス・フェルナンド・ヘラルドという作曲家のピアノ協奏曲第3番ということですが、よく調べがつきません(-_-;)

ベートーヴェンの頃ではあるらしい。

さすがマイナー好きのヌーブルジェ

2010年11月13日 (土)

ユジャ・ワンに幻想ポロネーズ賞!?

『調律師、至高の音を作る』(高木裕:朝日新書)を読んだところ、ユジャ・ワンを久しぶりの世界的才能ということで紹介してありました。

他にも、有望な日本人演奏家として、来週デビューコンサートを行う長富彩だとか、菊池裕介松本和将が紹介されていたので早速ネットで探して聴いてみました。

なるほど、それぞれなかなか上手です。

しかし、なかでもユジャ・ワンの最近の演奏には人を虜にするオーラを感じます。

ユジャ・ワンは夏のヴェルビエ音楽祭から俄然注目していたところで、ネット上にはさらに動画が増え、今回なんと新たにショパンの幻想ポロネーズがアップされているのを発見。(音質はやや悪い)

ショパンコンクールの3次予選で都合19人聴いたものの、これぞ幻想ポロネーズ、という演奏に出会えず、やや悶々していたものです。

相変わらずのキレキレのテクニックはそのままに、ぐっと表現にみがきがかかり、非常に叙情的でルバートも多用していながらも、臭さがなく、まさに幻想の中で夢見ているようです。

コーダは抜群のリズム感で、夢から覚める盛り上がり。
ぶ、ぶらぼお。

一気に3回続けて聴いてしまいました。

ホロヴィッツの呪縛が解けてしまいそうです。

2010年11月12日 (金)

呪縛のmy定番演奏

仕事先でBGMにたまたまクラシックがかかっており、つい耳をそばだててしまったところ、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番でした。とてもBGMになりません。
演奏は間違いなくホロヴィッツ。ニューヨークフィル&オーマンディ指揮。ゴールデンジュビリーコンサートのもの。

若い頃、夢中になって聴いたものです。ラフマニノフ3番といったら、この演奏が脳に染みついているので、他の演奏を聴いてもなかなか入りこめません。これ以上のものを求める気もあまりおきなくなってしまったので、この曲自体に親しもうという機会も減ってしまいました。

特にカデンツァが違っていたりすると、違和感いっぱいで困ります。

こんなふうに、この曲だったらこの演奏でないと、と定番化してしまい、呪縛からなかなか逃れられないものがいくつかあります。

まず、なんといってもホロヴィッツの演奏にはそういう要素のものが多い。

●シューマン:クライスレリアーナ
どこか不器用っぽいリズム感がシューマンの精神状態を表しているようで、他の他の名手たちのスッキリした演奏を聴いても逆にスッキリしません。

●ショパン:ピアノ・ソナタ第2番
ニューヨークスタンウェイの分厚い低音の響き、ディナーミクの幅広さ、独特のリズム感。こういうデモーニッシュな感じを出せるピアニストがなかなか出ません。

●ショパン:幻想ポロネーズ
こんなふうには、もう誰も弾けないでしょう。

ツィメルマンも個性を発揮しているものははまりました。

●ショパン:ピアノ協奏曲第2番(ポーランド祝祭管の弾き振り)
ツィメルマンのこの演奏を聴いて、初めて2番が好きになりました。
ソロの出だしの1小節で昇天もの。

●ブラームス:ピアノ協奏曲第1番(バーンスタイン指揮のもの)
超スローテンポなのに、すごい説得力で圧倒されました。

バックハウスの記念碑的演奏
●ブラームス:ピアノ協奏曲第2番(ベーム指揮、ウィーンフィル)
天国行きと言われたものです。

グールドはまあ、バッハについてはほとんどがそう、と言ってよいほど呪縛度が高い。

●バッハ:ゴールドベルク変奏曲(ステレオ盤のほう)
たまたま先に聴いたのが後の盤で、それが染みついてしまいました。

●バッハ:イタリア協奏曲
このドライで爽快な演奏を聴いてしまったら、もう他の演奏はいらない、と思ってしまったこともあります。今では他のピアニストも聴くようにはなりましたが。

●ブラームス:間奏曲 Op.117-1
ブラームスの晩年の小品のすばらしさを実感させてくれた演奏。

リヒテルも凄い演奏は多いなか、抜けられないのがあります。

●シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番 イ長調
ただ頭を垂れるしかない。

ブレンデルにもあります。

●モーツァルト:ピアノ・ソナタ第8番 イ短調 K.310
ベートーヴェンのようなモーツァルト演奏ですが、頭から離れない。

若きポリーニの出世盤

●ショパン:エチュード集
初めて聴いたときにはひっくり返りました。
最近はやや呪縛が解けてきたかもしれません。

最後にわがヌーブルジェの呪縛盤を

●ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ
冗長で良いと思ったことがなかったこの曲を、初めて素晴らしいと思いました。

●ショパン:バラード第2番
一番マイナーなこのバラードが、こんなに凄い曲だったとは。

●ブラームス:ピアノ・ソナタ第2番
ヌーブルジェに出会わなかったら、こんな渋い曲聴きませんでした。

【番外編】
ヌーブルジェのライブで呪縛されたもの

●ショパン:ポロネーズ第4番、英雄ポロネーズ(2008年11月、ル・ジュルナル・ド・ショパン)
●ベートーヴェン:ハンマークラヴィーアソナタ(2009年6月、サントリーホールライブ)
●ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番(2009年6月、NHK交響楽団&準・メルクル)
●シューマン:ピアノ協奏曲(2010年5月、ラ・フォル・ジュルネ)
●ブラームス:間奏曲Op.118-2(2010年7月、大阪ザ・シンフォニーホール)

【番外の番外】

先般ウェブラジオで配信された、ヌーブルジェによるサンサーンスのピアノ協奏曲(香港)

2010年11月11日 (木)

デジュー ・ラーンキ リサイタル@すみだトリフォニーホール

アンドラーシュ・シフゾルタン・コチシュとともに、かつてハンガリー若手3羽がらすと言われていたラーンキ。
そのラーンキも白髪の紳士に。
円熟したところでどんな音楽が聴けるか楽しみでした。

【プログラム】
ハイドン:ピアノ・ソナタ 変ホ長調 Hob.XVI-52
リスト:トッカータ S.197a、メフィスト・ポルカ S.217、
     即興曲 S.191、聖ドロテア S.187
ラヴェル:ソナチネ
リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178

【アンコール】
リスト:ピアノのための小品 S.193
ドビュッシー:子供の領分から『グラドゥス・アド・パルナッスム博士』

息の長いフレージングは聴き手に安心感を与えるもの、とピアノのレッスンで仕込まれていますが、それが難しい。
自分で弾くときはなかなか自分の音楽を客観的に聴けないのですね。

今日のラーンキはまさにそういうフレージングと、端正なリズム感を備えており、聴いていてしっとり身を委ねられる音楽を奏でていました。
柔らかくて繊細な音と美しいピアニシモ。
鍵盤を叩きつけるきたないフォルテは絶対に弾かない。

ショパンコンクールに出た生きの良い若者たちのような、びっくするような煌めく技巧や、これ見よがしの大音量はありません。
大人の音楽というのでしょうか。

特に前半のラヴェルまでは、曲自体も仰々しいものがなかったので、ラーンキの美点が発揮されていました。
ハイドンはペダルが多目だったのが意外でしたが、流麗ながらメリハリもあった。

リストは初めて聴く曲ばかりでしたが、案外わかりやすい。
即興曲は、ショパンのノクターンを思わせ、聖ドロテアは次のラヴェルに繋がる。
高音部の軽やかで繊細なタッチが素敵。

ソチチネも華麗で、ディナーミクの変化がとてもわかりやすかった。

後半のロ短調ソナタ
無から始まり無で終わるとラーンキ自身の解説にあったとおり。特にまさに虚無へ堕ちていくような終わり方はしびれました。
フォルテシモでデモーニッシュに響かせる部分は、やや弱かったように感じます。フォルテシモはあまり得意でなさそうです。
ピアノ、ピアニシモで歌う部分が素晴らしい。

曲の後半、スタッカートで主題が駆け回るところからの集中と盛上げは圧巻でひきこまれました。
あまり関連づけるのもどうかと思いますが、あのリズム感は同じハンガリー人の血なのかなとも思えます。

アンコールは例にもれず、リラックスした余裕を感じ、特にコミカルなドビュッシーは演出効果も抜群で、一番拍手が多かったかもしれません。

すみだトリフォニーホールの3階席は、それほどステージから遠くなく、音も良い。4,000円で得した気分です。ちなみにS席でも5,000円
だのに、3階はガラガラ。
全体でも6~7分の入りといったところ。

こんなに良いコンサートのに、もったいない、もったいない。

2010年11月 9日 (火)

マズルカ疑似体験

ショパンのマズルカが好きになりつつあったところで、ショパンコンクールにはまり、たくさんマズルカの名曲を聴いてますます好きになってしまいました。

無料楽譜で遊び弾きをしてみたり、You Tubeなどを聴きあさっています。

マズルカには、その発祥によって、マズル、オベレク、クヤーヴィヤクなどの原型があるそうですが、正直まだよく区別がつきません。

マズルが       タータタッタン タッター
オベレクが      タタタタタタ タッター
クヤーヴィヤクが  ターータタタ  タタタンタタ

とか言われてもねえ・・・

ショパンが弾くと、3拍子でなくて、2拍子や4拍子に聞こえたとかで、ショパンは3拍子を弾いているつもりなので喧嘩したとか、本にあります。

ポーランド人の演奏が一番わかるのか思い、ツィメルマン、ブレハッチ、ルビンシュタイン、ツェルニー・シュテファンスカ、などを聴いてみると、案外リズムは崩していない。

むしろ、他国のピアニストの方が、マズルカらしくしようとする意識が高いのか、リズムを崩し気味であるような気がします。

今回のショパンコンクールでいえば、佐野さんがマズルカのリズムを強調しすぎてしまっていたようなところがありました。

実際のところどんなリズムかは、いろいろなピアニストの演奏を聴いて少しは想像がつくものの、ポーランドでも行って踊ってみないとわからないのかとも思っていました。

河村尚子さんは、ポーランドの先生についたことがあるので、地元でマズルカやポロネーズを踊りまくったと、何かのインタビュー記事にありました。

また、辻井伸行くんもマズルカを踊ったと語っていたと思います。

マズルカ踊る機会はないだろうなあ、と思い込んでいましたが、そういえば、まず You Tube にあるんではないか、と探したら、たくさんありました。

伝統芸能ということで、結構きちんと保存されて、今でも踊っているじゃないですか。
踊りにあわせて音楽がルバートするんで、独特のリズム感が出てくるんですね。
これは自分で踊らなくても、疑似体験は十分可能そうです。

少し研究してから、きちんと楽譜買って、練習してみよう。

エキエル版にするか、パデレフスキー版にするか、迷うところです。
エキエル版は最新の研究を織り込んであるということですが、何せ高い。
遺作なんかは相当あっさりしている。
マズルカは分冊になっています。

パデレフスキー版はもう古い、ということになっている。
でも1冊ですむし、エキエル版よりは安い。
従来のピアニストの演奏はほとんどこれに準拠しているし。
素人だし、一般的に知られているので十分とも思う。、

どうしよう。

2010年11月 8日 (月)

白鳥の歌

ショパンの作品63のマズルカを聴いてしんみり。

シューベルトの楽興の時を聴いてしんみり。

ブラームスの作品118-2の間奏曲を聴いてしんみり。

ベートーヴェンの作品110のソナタを聴いてしんみり。

天才の晩年には歳こそ違え、共通した何かがある。

2010年11月 7日 (日)

『言葉にして伝える技術』(田崎真也:祥伝社新書)

言葉にして伝える技術――ソムリエの表現力(祥伝社新書214) Book 言葉にして伝える技術――ソムリエの表現力(祥伝社新書214)

著者:田崎真也
販売元:祥伝社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ソムリエがワインについて語るときの表現は、決してその場の思いつきで言っているのではない。
ワインの香りを表現するためには、いくつかの具体的な単語が、ソムリエ間の共通語として決まっている。

例えば、白ワインの香りだとライム、レモン、などの果実の香り、ライラック、ゆりなどの花の香り、ミント、レモンバームなどハーブの香り、などです。

あらかじめ、過去に嗅いだ匂いを、言語化して整理して記憶しておく。
そして、新しいワインの香りを嗅ぐときは、その言語化したデータベースの中から、その香りにあてはまる言葉を選び出して表現する。

だから、ソムリエは、香りの判断するのに、左脳をフル回転させているらしい。実際に田崎氏が頭に電極をつけて脳の活動状態を調べたという。

「言語化を積み重ねていくことで、感覚も養われていく」という記述には勇気をもらいました。

つまり、これ音楽の受容のしかたも全く同じだと思ったのです。ぼーっと聴いて右脳だけで感じていてもなかなか記憶に定着しない。
ところが、クリスタルガラスを鳴らしたような音、だとか、太陽が水面に反射してキラキラしているような感じとかギリシア彫刻のような造形美とか、受け止める印象をその都度言語化していると、音の感覚が言語によって、つまり左脳によって記憶されるのかと。

以前、岡田暁雄氏の「音楽の聴き方」に言語化のことは述べてありましたが、あの本はやや難しかった。この田崎さんの本はとても易しいのでよく頭にはいりました。

もう少し意識的に音楽を言葉で表現することを訓練してみようかという気持ちになりました。

2010年11月 6日 (土)

『我が偏愛のピアニスト』(青柳いづみこ:中央公論社)

我が偏愛のピアニスト 我が偏愛のピアニスト

著者:青柳 いづみこ
販売元:中央公論新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ピアニストで文筆家の青柳いづみこさんの著書。
日本人ピアニスト10名との対談をまとめたものです。

対談によって語られるそれぞれのピアニストたちのさまざまな経歴も興味深いし、青柳さんは、登場するピアニストのコンサートやCDをそれはよく聴いており、その批評もからめることで、それらのピアニストの個性がたいへんよく伝わってきます。

登場するピアニストは以下の10名。

岡田博美
小川典子
小山美稚恵
坂上博子
廻由美子
花房晴美
柳川守
藤井快哉
海老彰子
練木繁夫

名前を知っている方で6名、聴いたことがあるのは、小山さんと海老さんだけです。

藤井さんを除いては、皆ベテランの域に属し、それぞれに立派な経歴、中には全く知らなかったびっくりするような経歴を持っている方もいました。

そして、青柳さんの演奏評が『偏愛の』とタイトルがつくくらいですから、各ピアニストへの敬愛に満ちていて、また非常に専門的な分析がしてあるので、読んでいるうちに、ぜひとも一度リサイタルを聴いてみたくなってきます。

最近ではいろいろなピアニストの演奏を聴くようになったとはいえ、まだまだ海外ピアニスト中心で、日本人で地道に演奏活動している人まではキャッチできていなかったので、とても良い道しるべができました。

2010年11月 5日 (金)

『ピアノの森』はどこへ行く~~

一色まことのコミック『ピアノの森』の連載が遅々として進みません。
ショパンコンクールセミファイナルで足踏み。

てっきり、今年の本物のショパンコンクールの開催に合わせて話しを盛り上げてくるのかと思ったら、連載ペースは落ちるわ、話の進み具合は遅いわで、前の話を忘れてしまいます。

そうこうしているうちに、本物のショパンコンクールが始まってしまい、そして優勝者も決まってしまいました。
「事実は小説より奇なり」というくらいで、実際のコンクールが実にドラマに溢れていたので、コミックのネタは困るのではないでしょうか。

相当な想像力を働かせなければならないでしょう。

一色さんには、コンクールの熱がさめやらぬうちに、話を完結させていただきたいものです。

それより、今回のショパンコンクールのドキュメンタリーを作ったら、それはそれで相当面白そうです。

2010年11月 4日 (木)

読売新聞のショパンコンクール評につっこむ

今日11月4日の読売新聞朝刊文化面に、今回のショパンコンクールについての記事が掲載されました。
(署名記事:松本良一氏)

ディープにコンクールを追っかけてきたものとしては、いろいろと突っ込みどころ満載の記事でした。

世界各国の俊英81人が腕を競った

エントリーは81名でしたが、3名不参加者がいたので78人でした。

ユリアンナ・アブジェーエワ(優勝者)

ブログではずっとユリアナ・アブデーエワと書いてきましたが、今後日本語でどう表記されるかはわかりません。
(ヤマハのニュースリリースではユリアンナ・アブデーエワ、月刊ショパンではユリアンナ・アヴデーエワ)

(アブジェーエワは)ショパン作品ならではの演奏スタイルを知的に洗練し、細部を徹底して磨き上げて高く評価された。

知的に細部を磨き上げていたことは確かだと思います。
後で楽譜見ながら聴いたら、それはよくわかりました。
しかし、「洗練」という言葉がふさわしいのかどうかはわかりません。
そこが今回の審査結果のインパクトだったと思うので。

実を言うと、アブジェーエワは本戦の協奏曲第1番がやや精彩を欠き、20日深夜の結果発表は、ちょっとした騒ぎになった。

この見解には大いに疑問を感じます。
アブジェーエワの本戦の演奏は、彼女らしさを発揮した堂々とした演奏でした。ブンダーに次いで完成度は高かった。
精彩を欠くどころではなかった
結果発表が騒ぎになったのは、もっと違う理由です。
審査員以外の一般人の多くは(地元メディアを含め)アブジェーエワがショパンコンクールの覇者としてふさわしいと感じていなかった。
だから、結果発表は大騒ぎになった。

なぜ、この本質的な問題を書かないのか。
わかっていないのか、わかっているのに蓋をしているのか。
さすが大手メディア、ちっとも面白くありません。

(アブジェーエワは)審査員が好むショパンらしさを巧みにアピールしたことがわかる。

ある意味その通りですが、本質はややずれていると思います。
アブジェーエワは最後まで大崩れすることなく、自己の表現ができ、プロピアニストとしての素養を満たした。
といったところではないでしょうか。

ショパンコンクールは「ショパン弾き」を選ぶ特別な場であることを改めて実感した。

これも、私の感じ方は正反対
アルゲリッチがどういうニュアンスで「優れたピアニストが優れた『ショパン弾き』とは限らない」と言ったのかは、ソースがわからないので何とも言えません。
ですが、今回のショパンコンクールは、優れた「ショパン弾き」を発掘するのではなく、優れた「ピアニスト」を選ぶ場になったのだ、ということ感じざるを得ません。

(アジア出身者の傾向を「音楽を何も感じず」と言ったハラシェビッチの言というのを受けて)テクニック偏重の日本のピアノ界は重く受け止めたい。

確かに、教わったまま、頭で計算したままという感じを受けた演奏もありました。
しかし、今回日本人全般に関しては単に技術不足、という側面が大きかったように思います。
音楽をきちんと感じさせてくれた日本人コンテスタントもいました。

結果的には、審査員の判断基準は一貫していた。
将来性や、ショパンらしさや、きらめく才能が、技術や完成度以上に評価されることがなかった。

そういうことだったのではないでしょうか。

2010年11月 3日 (水)

「ショパン魂の旋律」1@NHK「こだわり人物伝」by平野啓一郎

今日から毎週水曜日、NHK総合でオンエアされます。
全4回。

番組サイト
http://www.nhk.or.jp/etv22/wen/

初回は「祖国への思い」と題して、ワルシャワ時代のショパンから、ウィーンに移り、さらにパリへ行く直前までの話。

ピアノ協奏曲第1番が取り上げられました。

平野啓一郎の一番のお気に入りという、マルタ・アルゲリッチ27歳の時の録音がかかりました。
えらく硬質な音と、天衣無縫なテンポ。
確かに天才を発揮してますが、暴れすぎていて、あまりエレガントではないですね。
ショパンが聴いたらひっくり返ってしまうかもしれません。

平野啓一郎は、ショパンとドラクラワを描いた『葬送』を執筆するにあたって、当時のカレンダーを作っていたとのこと。
作家の創作ノートということでしょうが、マニアックなことです。

ショパン最後のコンサートの模様の記述も相当マニアックですが・・・
楽譜を見ながら小説を読まないといけない。
4回目の放送がその話のようです。

初回はそれほど奥深い情報がないように思いましたが、たぶん、全部見てしまうでしょう。

2010年11月 2日 (火)

メジューエワとアブデーエワ

イリーナ・メジューエワは、昨年から聴き始めてびっくりし、カルチャーセンターやら地方の小さなホールやらで、ここ1年でヌーブルジェの次にたくさんコンサートに通っているピアニストです。(安いということもある)

この秋にもレクチャーコンサートがあるし、メジューエワにはぴったりかと思われるラフマニノフの協奏曲第2番ももうじき聴けそうで楽しみにしています。

ベートーヴェン・ソナタの全曲録音を去年までに終え、現在はおそらくショパンの全曲録音に挑戦しているようで、次々とアルバムを発売しています。
しかも、出すCDがすべてレコード芸術特選版になるという充実ぶり。

何枚か購入しており、確かに充実した演奏ばかりです。

そのメジューエワのロシアにおける師匠が、ウラディーミル・トロッポ
そして、ショパンコンクールに優勝したユリアナ・アブデーエワの現在のロシアにおける師匠が同じトロッポ。

良いと思って追いかけていたメジューエワと、ショパンコンクールで優勝したけれど、どうしてもその音楽が素直に入ってこないアブデーエワが同門とは。
ちょっとショックです。

今日メジューエワの比較的最近のアルバムからショパンのワルツ第1番やら、ソナタ第2番を聴いてみました。

確かに、似ているような気がする・・・・

深いタッチ、ペダルの響かせかた、揺らぎの入れ方。
ソナタでは第1楽章提示部のリピートを冒頭へまで戻る。
第4楽章の表現も似ているような。

でも、メジューエワは大丈夫なのですよねえ。
かなりハートに響く。

なぜなのでしょうか。

2010年11月 1日 (月)

【ヌーブルジェ動画】シューマン:ピアノ5重奏曲

登場場面はわずかですが、ヌーブルジェらしさを味わえます。

曲が?

ナレーションでシューマンと言っているですが、どうも違うような・・・

どなたか教えていただければと思います。

【追記】

曲はやはりシューマンのピアノ5重奏曲の第2楽章、第3楽章の一部でした。
(情報提供:Bettinaさま)



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