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2010年10月16日 (土)

ショパンコンクール 3次予選 2日目 メイティン・スン、アヴデーエワ

3次予選をこうして聴いていると、良い悪いは別として、個性がはっきりしていて、言いたいことをたくさん持っているコンテスタントがいかに多いかがよくわかります。

日本人の多くのコンテスタントのように、言いたいことが伝わってこない演奏は、3次に進んだ人たちの中にはほとんどいない。
審査員たちの意図がいよいよ理解できてきます。

問題は、その言いたいことの表現が、ただの独りよがりになってしまっているのか、芸術としての普遍性を兼ね備えているか、そのバランス感だと思います。

メイティン・スン(アメリカ、1981年生)

自分はこう弾きたい。その思いの強さには強烈なものがあります。
ただ、クラシカルという観点からすると、著しく逸脱していると言わざるを得ません。
ショパンのエレガンスの、みじんもない。
技術があるのでここまで残ったのだと思います。
しかし、さすがにこの恣意性たっぷりの演奏では本戦には進めないでしょう。

ソナタ3番の出だしなどのように、普通に弾こうと思えば弾けるのです。
それで通さないところに、この人の確信犯的挑戦がみてとれます。

個人的には ×

・ユリアンナ・アヴデーエワ(ロシア、1985年生)

メイティン・スンと違って、音楽を美しく聴かせようとする意図が感じられます。同じヤマハのピアノなのに、フアンチとも、ホジャイノフとも、スンとも違う、艶(あで)やかな音を奏でます。

ただ、その意図が感情に左右されるばかりで、知性によるコントロールが追いついていないように感じます。

特に、バラード4番や、ノクターンなどは、ユラユラ、ネチネチの歌い回しになってしまっており、普通に弾いても叙情的なこれらの曲の趣味が非常に悪くなってしまいました。

ソナタはまだ、いじる余地が少ないわけですが、知的な構築性が問われますから、感覚的な彼女には難しいようです。
第2楽章はスピード感がなくもっさりしてしまいました。

このあたりで深夜につきダウン。

残念ながら通過は難しいと思います。 ×

※すばらしい、とコメントいただいた方、ごめんなさい。私の感じ方はこうでした。
あと、一応ハンドルネームだけでもいれていただいている方には、コメント返信するように心がけています。

※マルティン・コジャックは1次からずっと深夜なので、ライブで聴けないのが残念です。

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