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2010年4月 5日 (月)

ナント・ラ・フォル・ジュルネの鑑賞記~東条碩夫のコンサート日記

ヌーブルジェをまずまず評価してくれている数少ない音楽評論家の一人である東条碩夫(ひろお)氏が、今年のナントのラ・フォル・ジュルネの鑑賞記をたくさん書いてくださっていたのに最近気がつきました。

【1月29日の記事↓】
http://concertdiary.blog118.fc2.com/blog-date-20100129.html

ヌーブルジェのエチュードOp.10の演奏は次のように評されています。
(長いですが引用)

 ホールのアコースティックのせいか、それとも席の位置のせいだろうか、ヌーブルジェの演奏は、先日東京で聴いた時よりも、さらに鋭角的で張り詰めたものに聞こえる。ショパンの和声的なふくらみや情感は切り捨てられ、極度に神経質で青白い緊迫感に支配されている、といったらいいか。よく言えば火の出るような、切り込むような演奏であり、悪く言えば叙情も余情もない、割り切った演奏であった
 こういうショパンを弾く若手ピアニストは最近とみに多く、それを支持する聴衆も多いだろう。それは一刀両断的な痛快さと明解さに満ちてはいるが、こちらの神経が少し疲れ気味の時に聞くと、はなはだ落ち着かない気分に追い立てられる。

この記事は後で(1/30)見直されます。

・・・あとの4人のピアニストも、昨日よりは遥かに音の厚みを感じさせた。
 こうなると、ホールの後ろの方で聴いた初日のピアニストたちについての印象は、大部分を補正しなければなるまい。だから軽々しく演奏の特徴を断定するものではない――という好例である。
 ヌーブルジェも今日は叙情的な「ノクターン」を弾く。「作品37の2」の中間部のバルカローレ的なところは、実は私にとっては子供の頃の思い出がこもった個所なのだが、滅多にナマで聴く機会が無い。ヌーブルジェは美しく弾いてくれた。

これは大いに言えると思います。
ライブの場合は、ホールの音響と、座る位置によって「これが同じピアニストの音か?」というくらい、受け止め方が違ってしまいます。
プロの評論家も、うっかりそのことを忘れてしまうこともあるのですね。

ここ2年半で聴いたヌーブルジェのライブに関しては、2008年秋のオペラシティ・コンサートホールの音が一番良かった。
席も比較的良い位置で、ヌーブルジェのクリアで美しい音質を十分堪能できたものです。

2009年のサントリー・ホールでのリサイタルもまあまあでした。
ただ、大ホールですから、席によっては違う印象だったかもしれません。

2009年のラ・フォル・ジュルネは、東京は仮設ホール金沢はきちんとした音楽ホールでしたので、金沢に軍配。
金沢はややデッドでしたが、小さなホールで距離感は近かったです。
東京は音質どうこうのレベルではないものの、何せ距離が近いので、ピアノのダイレクト音が聞こえ、迫力はかなりありました。
ブラームス編曲のバッハシャコンヌの緊張感は尋常ではなかった。

逆に最悪だったのが、NHKホールの1階の端のほうで聴いてしまったベートーヴェンの第1コンチェルト。あまりにも情けない音しか聞こえなかったので、翌日、もう一度違う席で聴いてしまったくらいです。

2009年2月にサントリーでやった大阪フィルとのモーツァルト「ジュノム」コンチェルトは、席が真ん中でなかったことと、ヌーブルジェのモーツァルト表現が抑制的だったため、特徴があまり出ませんでした。
残された動画を見ると、ソフトながらもしっかりヌーブルジェらしい音が出ているのでびっくりです。

【ジュノムコンチェルトが聴ける「カジモト」のページの動画↓】
http://www.kajimotomusic.com/news/2009/06/11/post-95.php
(なお、このサイトではブラームス/バッハのシャコンヌ、ブラームスの第2ソナタ、ベートーヴェンの「ハンマークラヴィーア・ソナタ」のエッセンスを聴くことができます。)

リサイタル前に渋谷のタワーレコードで開かれたミニコンサートは、約1.5メートル程度の至近距離で聴いたもので、これももろにダイレクト音でした。
ヌーブルジェオリジナルの現代曲は凄まじかったですが、ショパンやバッハは響くホールでの演奏の方が安心して聴けます。

というわけで、
      できるだけ
良いホールで聴くこと
      
できるだけ真ん中近辺で聴くこと
      あまり前すぎないこと

をチケットを買う際に最近気をつけるようにしています。
でないと、アーティストの正当な力は評価できないです。
それにちょっとお金をケチって、がっかり度が大きいと、余計損した気になりますので。

東条氏も言う、

軽々しく演奏の特徴を断定するものではない――という好例である

ということは真実だと思います。

※東条氏はかなりお歳かと思いますが、ヌーブルジェをわかってくれるので、精神はまだお若いとみます。吉田秀和氏はもっとお歳ですけど。

※東条氏はジャン=マルク・ルイサダを随分ほめています。
ヌーブルジェとはステージが違う、とまで。

私は去年紀尾井で聴いて、ややがっかりしました。
あの時は調子が悪かったのか、譜めくりがいけなかったのか、とにかく、ショパンは関心しなかった。
あと、ルイサダ節ともいうべき演奏の癖がかなりあるので、それが好きになれないと、逆の感想を持ってしまうことでしょう。

※音楽を独自に崩すアプローチは、よほどの名手でないと失敗するでしょう。ホロヴィッツ、グレン・グールド級でないと。
ヌーブルジェはあくまで崩さず、真っ当な解釈を基本としながらも、表現的にはアバンギャルドなので、クラッシック音楽界にインパクトを与えられる存在となる可能性を秘めています。

紀尾井ホールはピアノリサイタルに非常に適したホールだと思います。800席と手頃な大きさ。1階席の一番後ろでも、十分良い音を堪能できます。

※ここ随分ご無沙汰してしまっていますが、神奈川県の県立音楽堂の音はライブで、臨場感もあふれた良いホールです。
みなとみらいができてしまって、あまりメジャー級の演奏家が来なくなってしまったのが寂しいです。

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