最近のトラックバック

« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »

2009年11月の18件の記事

2009年11月30日 (月)

イリーナ・メジューエワ レクチャーコンサート@新宿朝日カルチャーセンター

今年メジューエワを聴くのはこれで4回目となりました。
朝日カルチャーセンターでのベートーヴェン全曲演奏会の最後でした。(11/28)
華奢な身体とフランス人形のようなクリッとした目。
その外見からは想像できない、骨太でがっしりしたベートーヴェンを弾きます。
いったい、どういう生活を送ってくると、あのような逞しくもストイックな表現ができるようになるのでしょうか。

今回はベートーヴェン・ソナタの最後を飾る3曲が弾かれました。

【前半】
1 ピアノ・ソナタ 第30番 ホ長調 Op.109
2 ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 Op.110

【後半】
ピアノ・ソナタ 第32番 ハ短調 Op.111

前半と後半、それぞれ演奏の前にレクチャーがありました。
変奏曲と対位法が使われている。
速度指定が細やか。
四分音符~八分音符~十六分音符~三二分音符~トリルへとなる構造。
急進的なフレーズが、突然コラール風に変わる。
珍しいソプラノとバスだけでの表現。
第3楽章が一番長く重要。
などなど、いろいろ楽譜から読み取れることを教えてもらいました。

演奏はそれはまた誠実かつ直球的なものでした。前回は一番前の席で、ダイレクト音をもろにかぶってしまって心臓に悪かったので、今回は一番後ろの席で聴いてみました。
後ろの方が、余裕を持って聴ける気がします。響きも十分とはいえないまでも、そこそこでした。

30番は、前日に内田光子の感動的名演を聴いて10時間も経っていない時でしたので、さすがに内田光子のインパクトが残ったまま聴いてしまい、なんだか集中できませんでした。デリケートだった内田に比べるとメジューエワは出だしからきっちり音を鳴らし、男性的表現でした。

31番は先日山本貴志が弾きました。去年ピリスでも聴きました。
メジューエワは変わらずカチッとベートーヴェンらしく弾いていきます。なよなよしない。
圧巻だったのは第3楽章。
ややゆっくり目のテンポ。確かめるように、かみしめるように、音楽がすすんでいきます。最初の嘆きの歌。沈潜した感じ。フーガはまずは普通のテンポでだんだん劇的に盛り上げる。再び嘆きの歌。さらに沈鬱に。和音の連打クレッシェンド。重く沈むよう。
2度目のフーガ。
遅い!死んでしまいそうに遅い!私の好きなアプローチ。
そして、コーダに向かって徐々にアッチェランド。
怒濤のコーダ。
ブッ、ブラーボ!

32番も凄かった。
今年はツィメルマン、山本貴志で聴いています。
第1楽章は、さすがにツィメルマン渾身の大音量までにはいきませんが、実に骨太。スピード違反気味だったツィメルマン(山本貴志も相当早かった)と違い、対位法による経過部分は焦らずじっくり聴かせる感じ。時折、ハッと立ち止まって驚かせる。
第2楽章の第3変奏。ツィメルマンが超スピード違反で、やや違和感を覚えたものです。メジューエワはぐっと落ち着きながらも強烈な推進力をアピールし、インパクトは絶大。第4変奏以後終結までの昇天的トリルの世界は、さすがにツィメルマンのあの恐るべきデリカシーには及ばないものの十分音楽的で、驚異的な集中力に釘付けになりました。。
音響的にも、あの貧弱なカルチャーセンターの教室でも十分ステキに響きました。

メジューエワのベートーヴェンはぜひとも響きの良い音楽専用ホールで聴いてみたいです。
ヤマハの小さなピアノとカルチャーセンターの教室という悪条件下であのインパクト。
きっと凄いことになると感じました。

2009年11月29日 (日)

ヌーブルジェ来日情報がない!

このブログの記事も200本目となりました。
記念に良い情報を書きたいところではありますが、逆にあまり嬉しくない情報です。

内田光子のリサイタルの時に、例によって大量のコンサートパンフレットをもらいました。
その中に、カジモトの「ワールド・ピアニスト・シリーズ2010-2011」の案内が入っていました。
スワッ!ヌーブルジェの情報か!
と思ったのもつかの間、見事に空振りでした。

Aシリーズ:
  ファジル・サイ
  ラドゥ・ルプー
  マウリツィオ・ポリーニ
  ピエール=ロマン・エマール
  ラン・ラン

Bシリーズ
  ダン・タイ・ソン
  マウリツィオ・ポリーニ
  ラドゥ・ルプー
  アンドラーシュ・シフ
  ユジャ・ワン

また、サントリーホールの2010年のコンサート予定も出ました。
しかし、こちらにも残念ながらヌーブルジェの名前がありません
まだ予定が組まれていないのか、それとも、2010年にはラ・フォル・ジュルネ以外の出演がないのか?

過去2回サントリーホールでリサイタルを開いているわけですから、今さら紀尾井だの、オペラシティはないような気がするのですね。
とても不安です。

音友の来日情報はガセだったのでしょうか?

もう居ても立ってもいられないので、カジモトに問い合わせてしまいたいくらいです。

ちなみにサントリーホールに登場する上記以外のピアニストでは、
  クリスチャン・ツィメルマン
  ユンディ・リ
  スタニスラフ・ブーニン
  ラファウ・ブレハッチ
  マルタ・アルゲリッチ(シャルル・デュトワ、フィラデルフィア管とのラベルのコンチェルトのみ)

ショパンコンクール覇者がそろい踏みです。

しかし、ヌーブルジェのリサイタルが聴けないとなると、2010年の楽しみは半減です。
とにかく、もうしばらく情報を待つしかないようです。

2009年11月28日 (土)

内田光子ピアノ・リサイタル@サントリーホール(2

前の記事の続きです。
個別の曲の感想です。

前半は、モーツァルトのイ短調ソナタを弾いたあと、クルターク~モーツァルトロンドまではひとくくりで演奏しました。

イ短調ソナタは、まずは挨拶がわりと腕ならしでしょうか。
第1楽章はやや早めのテンポ。情熱あふれる部分と、音がピアノでゆるむ部分の対比を非常に明確にとっており、起伏のある表現でした。それは展開部のフォルテシモとピアニシモの交代でも、大きなディナーミクの変化をとっていました。
第2楽章は一転してテンポを落とし、実にしっとりと歌います。
モーツァルトにしてはやや叙情的すぎるか、でも、ロマン派的ベタベタ表現まではいかない、というような絶妙なバランスであったと思います。
第3楽章はペダルの使用を抑え、やや軽やかな開始。そして、これも対比とメリハリがあり、前への推進力も十分。時折、フレーズの切れ目で一呼吸おく、そのおきかたがいやらしくなくて効果抜群。
名演でした

クルタークはハンガリーの現代作曲家。
バルトークの後を継ぐようなポジションのようです。
バルトークのミクロコスモスに匹敵するような練習曲をたくさん書いていて、その中からの演奏でした。

そこに、バッハとモーツァルトを絡めるという、意欲的なプログラム。

クルタークは初めて聴きました。
非常にシンプルな曲。バルトークのミクロコスモスの雰囲気に似ている曲もありました。
バッハのフーガの技法が続けて弾かれましたが、違和感がない。
フーガの技法は、ペダルはつなぎの補助的な使用で、4声のそれぞれの声部を非常に明確に弾き分けていました
先週聴いたシェプキンとは真逆のアプローチで、内田光子は旋律の「線」を重用ししていることがわかりました。
そこでわかったのが、クルタークの曲も、右手と左手の「線」からできているような曲です。

PPPPPだのPPPPだのといった指示があるクルタークの曲の間に、バッハのフランス組曲5番のサラバンド
これが、クルタークの後にすっぽりおさまる。

このサラバンドが、すばらしく感動的な演奏でありました。
内田光子は、右足を完全に後ろに引いて左半身のようなポジションをとり、つまり、ダンパーペダルは全く踏まず、左足では少しソフトペダルのコントロールをしていたようですが、基本的に、指先のコントロールだけで、この曲の寂しげな旋律、そしてほのかな響きを軽やかなタッチで、気品よく表現しました。
あまりに素晴らしかったので、このままガボットを弾いてもらえないだろうか、と思うくらいでした。

前半最後には、モーツァルトのイ短調ロンド。
最初のイ短調ソナタは、このイ短調ロンドと呼応していたのですね。

ヌーブルジェが金沢で弾き、先日菊池洋子でも聴いたばかりです。
この曲に期待するのは、いつも、モーツァルト晩年の寂しい感じをどう表現してもらえるのか、ということでした。
ヌーブルジェは超デリケートではありましたが、まだ「死んでしまうような寂しさ」という境地にはありませんでした。菊池洋子はまだまだ元気なモーツァルトでした。

それに対し、この日の内田光子の演奏はまさに私が求めていた「寂しさ」を十分味合うことができました。
ゆったりとしたテンポ。一音たりとも気を抜かない集中力。
そして、中盤の明るい部分の盛り上がりもニュアンスたっぷりで、しかし、その盛り上がりがあくまで、一時の気休めなのであって、また寂しく孤独な世界に帰っていくのです。
曲が終わって拍手をしているうちに、涙があふれてくるのを抑えることができませんでした。
前半終了後3回カーテンコールがありました。
他の聴衆も、同じように感動したのだと思います。

休憩後のシューマン:幻想曲ハ長調
もしかすると、ライブで聴くのは初めてだったかもしれません。
長い曲なので、最近はとんと聴いていませんでした。
若いときはポリーニのCDなどをよく聴いていて、それでイメージが固まっていました。
前半とは明らかにタッチを変えてきて、深くしっかり鍵盤を押しています。
へたな演奏だと、ずっと同じようにだらだらしまりなく聞こえてしまいかねない曲です。
内田光子はそれぞれのパーツを十分に弾きわけて、シューマンの気分の移ろいや、うねるような感じをよく出していて、聴きごたえは十分。そして、柔らかさ、華麗さ、迫力が同居しています。
第2楽章は勇壮かつ壮大な曲で、技術的にも難しそうです。やや乱れるところもありましたが、音楽としては問題なく、熱演でした。
圧巻は第3楽章
実を言うと、幻想曲をCDで聴くと、第2楽章で終わった気になってしまって、第3楽章をしっかりまじめに聴いた記憶はあまりないのですよね(^_^;)
この幾分ベートーヴェンの後期ソナタ的雰囲気のある緩徐楽章を、またゆったりとしたテンポで、集中を切らさず、少ない盛り上がり部分は、なんとも宇宙的というか、気高さの極地というか、魂を持って行かれてしまうような、そんな感じがしました。

アンコールの1曲目はシューマン:謝肉祭から軽めの曲。
いかにもアンコールピースなので、あっ、今日はもう終わりだな、と思いました。
カーテンコールが続き、2曲目を弾くようです。
な、なんと、ベートーヴェンの第30番ソナタ
アンコールでありながら、集中が落ちず、ニュアンス、デリカシーにあふれた、ベートーヴェンの後期にふさわしい、これまた素晴らしい演奏!
第1楽章だけではもったいないようで、ここで拍手してよいものか、迷ったくらいです。

ライブでの内田光子は、超一流の芸術家のみがもつ、強く人を魅了する力を持っていることを感じました。

実に素晴らしい一夜でした。

内田光子ピアノ・リサイタル@サントリーホール(1)

久々に感動に打ち震えました。
ヌーブルジェは別枠として、私の中では今年のベスト・リサイタルといえます。

日本人ピアニストの第一人者ともいえる内田光子のリサイタルでした。(11/27(金))

モーツァルトのソナタとロンドがヌーブルジェの金沢でのプログラムとかぶっていました。
ヌーブルジェファンとしては、残念ながら今度ばかりは内田光子に軍配を上げざるを得ません。
特にモーツァルト・ロンド・イ短調K.511は、今まで聴いたライブやCDと比較しても最高といえるもので、頭はしびれ、涙があふれてきました。

当初はチケットが取れず、諦めていたところ、つい2週間ほど前、追加販売されているのをたまたまみつけ、行くことができました。
かなり前に、モーツァルトのピアノ協奏曲第21番の弾き振りをサントリーホールで聴いたことがあり、その後縁がなく、リサイタルは初めてでした。
CDでは、モーツァルト、シューマン、シューベルト、ベートーヴェンなどを何枚か聴いてはいました。

【前半】
モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第8番 イ短調 K310
クルターク:Fisのアンティフォニー(『遊び』2から)
J.S.バッハ:フーガの技法BWV1080から コントラプンクトゥス1
クルターク:ころがりっこ(『遊び』3から)
クルターク:肖像画(3)(『遊び』3から)
クルターク:泣き歌(2) (『遊び』3から)
クルターク:クリスティアン・ウォルフを想って(うつらうつらと)(『遊び』3から)
J.S.バッハ:フランス組曲第5番BWV816から サラバンド
クルターク:終わりのない遊び(『遊び』3から)
モーツァルト:ロンド イ短調 K511

【後半】
シューマン:幻想曲 ハ長調 op.17

【アンコール】
シューマン:謝肉祭 op.9から「告白」
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 op.109
        第1楽章

CDで聴き知っていた内田光子には、それほどのめり込むほど好んでいたわけではなかったのですが、今回初めて聴くリサイタルの演奏には、完全にひきこまれてしまいました。

内田光子の過去のCDの演奏からは、原典忠実主義で、私情を廃し音楽をかっちり固めてくるような印象受けていました。
ビックリするようなテクニックを押し出すわけではなく、叙情たっぷりに歌い上げるわけでもなく、知的かつ冷静でありながら、切り込みは鋭いといった感じでしょうか。

ところが、この日の内田光子は、もちろん知性のコントロール化でありながらも、品性のたもたれた叙情性も十分あり、アゴーギクもところどころ使用しつつ、音のうねりを表現し、一瞬たりとも退屈な場面がありませんでした。

個別の曲の感想は次の記事にします。

2009年11月26日 (木)

練習しないことも練習

この秋から、来春から初夏にかけての予定のピアノの発表会の準備にはいっています。

・モーツァルト:ソナタ12番 ヘ長調 K.332
・リスト:忘れられたワルツ1番

です。

実力以上の曲に挑戦しているので、にっちもさっちもいきません。
モーツァルトなど3ヶ月くらい弾きこんで、まだ第1楽章の提示部を満足に弾けません。

先生曰く、技術的には決して弾けないわけではなく、経験ですと。

例えば、なかなか弾けないパッセージがあると、そこは指を上げてみる、とか、そこは左まわりに手首を回してみる、とかいろいろな微妙なテクニックがあります。

すると、確かにだんだんちょっとずつイメージ通りに弾けるようになっていく。

それとモーツァルトの洗練やデリカシー、対比、エネルギーなどを、フレーズごとに理解していかなければなりません。

2ヶ月くらい練習したところで、どうにも進歩しない自分がいました。

その後、プロのリサイタルをかなり聴いて、音や音楽のイメージを吸収しようと必死です。

河合尚子やマンゴーバやシェプキンのような繊細系の演奏が特に参考になります。

ヴァン・クライアーン・コンクールの元気のよいファイナリストの演奏や、売り出し中のラン・ランの演奏などは、あまり参考にできません。というか、あんな風には弾けません。

ここのところあまり練習できていない状態で、シェプキン風にバッハのインヴェンションを弾いてみました。
何か前の音楽と違うものを弾いているような感覚。

練習をしないで、一流の演奏を吸収するだけでも、随分とためになるものだなと思ったしだいです。

 

2009年11月25日 (水)

ヴァン・クライバーンコンクールの模様を観て

昨日の記事の続きです。

ここ数年、ピアノ・リサイタルに足繁く通うようになって感じているのが、海外演奏家の自己主張の強さです

今回、辻井伸行の追っかけ番組を観て、同じことを感じました。

上位の残る海外ピアニストたちの、自己主張の強いこと強いこと!
演奏も雄弁なら、シャベリの方も堂々たるもの。
全く臆していません。
少々鼻につくくらいです。
(ただし、演奏は雄弁といっても、テクニック的な雄弁さが目立ち、音楽的にブラボーと言えるかは別です。)

その中で辻井伸行は、見ていてハラハラするくらい寡黙
いろいろ周囲が気を使ってくれていても、自分の気持ちを自分で伝えることができない。

一番印象的だったのが、ラフマニノフのコンチェルトのリハーサルで、指揮者と最終楽章終結部のタイミング合わせをしている部分。
数拍の間をおいて、オケとピアノによる劇的なコーダが始まるので、タイミングがずれたらだいなしです。

そこをどう合わせるかで、指揮者が一生懸命、辻井に提案をする。
1,2,3と数えて合わせてみようか、などと。
数度合わせてみて、なかなかうまくいかなくても、辻井はただ黙っているだけ。
ようやく、通訳とおぼしき人が「辻井は指揮者の呼吸に合わせると彼のマネージャーが言っている」と指揮者に伝える。
指揮者はわかったということで、今度はオケに合図をする直前、意図的に大きな呼吸をする。すると、辻井は見事にそれに反応し、とうとう合わせることができた。
本番のその部分の模様も放映され、見事に合っていました。

でも、そこで思いました。
なぜ、辻井は自分から「呼吸で合わせます」と、自分で指揮者に伝えられないのかと。

彼の視覚障害者としての今までの境遇が、彼をシャイな人間にしてしまったのか。

彼の音楽は、まだライブを聴けていないので、あまり確定的な論評は控えたいと思います。
少なくとも、サーカス芸的な演奏が多かった他の演奏家より、好感を持てたことは確かです。

自己を主張できないシャイな彼の音楽からは、何が伝わってくるのか。
彼が演奏にに入ると、音しか聞こえない彼の独自の音楽の世界が、しっかり主張となって伝わってくるのか。

いずれはライブを聴いて確認してみたいと思いました。

※ちなみにヌーブルジェの演奏は、技術的にも音楽的にも、もちろん、とても雄弁。プログラム構成もおおいに自己主張。
そして、話のほうも雄弁です。

NHKのETV特集「ピアニストの贈り物~辻井伸行20日間の記録」

NHKのETV特集で「ピアニストの贈り物~辻井伸行コンクール20日間の軌跡」が放映されました。22日(日)だったのを録画して、やっと見終わりました。

いよいよ、聴いてみないとわからない、という感じです。
特に我が家のテレビは画像も音響も普通のテレビですから、どの演奏者の音も同じように聞こえてしまいます。
栓を開けたワインを冷蔵庫にいれておき、2~3日後に飲むと、どれも皆似たような味になってしまいます。
それと同じような(ってかなり強引な比喩です)音しか聞こえてきません。
パーフォーマンスは見えるので、うっかりするとはでな印象だけが残ります。

ファイナリスト6人の中に日本人、中国人2人、韓国人と4人がアジア人。
アメリカのコンクールにはヨーロッパで一流を目指す人はこないのかなあ、などと穿ってしまいます。

中国人女性と韓国人女性は、それはもう全身を躍動させて、機関銃のようにピアノを弾きます。はでですねえ。
中国人の19歳の男の子がもうひとりの金メダル。弾いた曲がモーツァルトだったせいもあり、線の細いおとなしめの演奏でした。

肝心の辻井伸行は、テクニックはまずまず問題なしで、音楽的には、飛びはねがちな他の演奏者よりは落ち着いて聞こえます。

CD買って聴いてみましたが、いよいよ、これはライブを聴いてみないことには、はっきりしなくなってきました。

でも、当分はチケット争奪戦ですから、すこしブームがおさまるまでは我慢と思っています。

あといくつか思ったこと。

1.リサイタル3つと、室内楽と1つ、協奏曲を2曲もやるとは、すごいコンクールだと思う

2.20代後半の人は、結局残れなかった。大器晩成もあるとはいえ、一般的には才能の芽は20代前半でわかってしまう。

3.アメリカの聴衆はなんでもスタンディング・オベーション

4.テクニカル系の若手が多く、洗練系が少なかった。

5.辻井伸行には英語を勉強してほしい

6.モーツァルトを聴いてみたい

2009年11月24日 (火)

ネタが押してます

ここのところ、記事を書く気力がやや萎えていたところ、やっとすこしネタがたまってきました。

・吉田秀和の河合尚子と小菅優の評論

・ラ・フォル・ジュルネの企画

・ツィメルマン、ユンディ・リ、ブレハッチの割引セット券

・辻井伸行のコンクールの追跡番組

・アルゲリッチのコンチェルトの情報

残念ながら、ヌーブルジェの新しい情報は入ってこず。

気を取り直して順番に書いていくつもりです

2009年11月21日 (土)

セルゲイ・シェプキン ピアノリサイタル@すみだトリフォニーホール

セルゲイ・シェプキン・ワールドとでもいうべき音楽に浸ってきました。

ロシア、サンクトペテルブルグ生まれ、ボストン在住。
ロシア系アメリカ人と紹介されています。
ロシアで生まれたアメリカ人なのか、ロシア人だけど今はアメリカ国籍なのか?
名前はロシア風ですね。
1960年代の生まれだと思います。

すみだトリフォニーホールで

 バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第2巻(全曲)

を聴いてきました。(11/20(金))

シェプキンはバッハのパルディータ集のCDが出たとき、求めて聴いてみました。
2番の冒頭の開始部分の装飾に度肝をぬかれたものです。
全編自由な装飾にあふれた、新鮮かつエキセントリックなパルティータでした。

ある意味「怖いものみたさ」の気持ちがありました。
平均律が、どのように装飾されるのか・・・

下賤な期待はみごとに打ち破られ、シェプキンは真摯に音楽を作りあげていました。
その演奏は、たいへんデリカシーにあふれ、オシャレで洗練されたものでした。

ペダルをかなり多用したレガート奏法で、旋律の線より、響きを演出していました。
アゴーギクもかなり使用していましたが、装飾は特別多くなく、嫌みはありません。
モダンピアノの特性を生かしきったバッハであったと思います。

ただ、曲によっては響きの固まりのようになって、線が埋もれてしまうこともあったことは否めません。

しかし、全体としては大変すばらしい出来で、特に弱音で開始されるフーガなどは、とろけてしまいそうでした。

グールドやシフとはまた違ったアプローチの演奏。
もしかすると、ツィメルマンのアプローチに似ているかもしれません。
ヌーブルジェはまだまだ進化途上なので、どこを目指しているのでしょうか。

リサイタル終了後に、帰路につくある若い女性の言葉が耳にはいりました。
「凄くステキだった!」
まさに、そういう言葉がピッタリの演奏だったと思います。

平均律はやはりヘビーでしたので、次ぎの機会にはぜひフランス組曲あたりを聴いてみたいと思ったしだいです。
極上のシャンパンのようなフランス組曲が期待できます。

この日の聴衆は、平均律全曲など(!)を聴きにくるようなファンですから、さすがに高レベルでした。
演奏中、ほとんどの人が微動だにせず、息を殺して聴いていました。
もちろん、プログラムやパンフレットをガサゴソする輩などいません。
シェプキンも雰囲気が察せたのではないでしょうか。
深々と頭を下げる姿が印象的でした。

カーテンコールは5回くらいしたと思いましたが、24曲弾いて時間はもう9時半をまわっていましたから、さすがにアンコールはなしで、聴衆もそのあたりはわかっていますから、最後はスーと拍手が退いていき、恥ずかしいおねだり行為もありませんでした。
爽やかな気分です。

すみだトリフォニーホールは、音はよく響くものの、やや距離感があり、舞台の上へと響いていくので、観客席の方への音の伝わりは弱めです。
これはこれで、教会の中のような雰囲気が出て、悪くはありません。
観客席の勾配がゆるくフラットに近く、座席も列ごとに交互になっていないため、前の観客が邪魔になる構造で、これにはまたイライラしました。
たまたま、演奏者と正対する位置だっとので、まっすぐ座っていると、演奏者が全く見えませんでした。
やむなく身体を傾けざるを得ません。

21列目くらいから後ろは段差があるので、そちらの方が良いとわかりました。

2009年11月19日 (木)

イリーナ・メジューエワ レクチャーコンサート@サンハートホール

地方の小さなホールでの企画、ショパン生誕200年プレ・イヤーとのことで「ピアノで辿るショパンの想いvol.3 by イリーナ・メジューエワ」に行ってきました。(11/14)
先般の山本貴志がvol.2でした。
いろいろあって感想をまとめられず、やや遅きに失してしまいました。

【前半】
1.ポロネーズ 第1番 嬰ハ短調 Op.26-1
2.ノクターン 嬰ヘ長調 Op15-2
3.バラード 第1番 ト短調 Op.23
4.即興曲 第1番 変イ長調 Op.29
5.ワルツ 変イ長調 Op.69-1
6.ワルツ へ短調 Op.70-2
7.バラード 第3番 変イ長調 Op.47

【後半】
8.ノクターン ヘ長調 Op.15-1
9.バラード 第2番 ヘ長調 Op.38
10.マズルカ イ短調 Op.67-4
11.マズルカ ホ短調 Op.41-2
12.3つのワルツ Op.64-1~3
  変ニ長調 「子犬のワルツ」
  変イ長調
  嬰ハ短調
13.バラード 第4番 ヘ短調 Op.52

【アンコール】
ノクターン 嬰ハ短調 遺作 (Lento con gran espressione)

オールショパンで16曲。
メインはバラード全曲でした。
前半と後半の演奏前に簡単なレクチャー。
バラードのいわれや、もととなったバラードの朗読などをしてくれました
「私の先生の先生の先生の先生の先生の先生はショパンです」などとユーモアもありました。

しかし、メジューエワのショパンは、ショパンのリリシズムやデリカシー重点をおくものではなく、レクチャーで奇しくも述べていたように、ショパンを明るく軽妙なサロン音楽とはとらえず、男性的で力強い点や、不安感や絶望感を表現したものでした。

どんな緊張感のあるバラードが聴けるのかと怖いものみたさでした。

サンハートホールの音響はとても悪く、メジューエワを持ってしてもなかなか響いてきません。ショパンが響かないとかなりのハンデです。
特にプログラム前半が響かなかったので、メジューエワの実力の半分くらいしか感じることができませんで
した。
ペダルを踏む部分と踏まない部分の音色の差が大きすぎて、やや不自然なかんじだったことは否めません。

ところが、後半になると、調律を変えたせいなのかどうなのか、俄然、響きがでてきて、まずまずの音響で聴くことができました。

ノクターン15-1とバラード2番は、緩-急-緩という同じような構造をしている曲です。
ヌーブルジェがサントリーホールライブのCDで、大変素晴らしく弾いています。
メジューエワは、ヌーブルジェのような圧倒的なテクニックを持って弾くのではなく、もう少し遅く、しか
し、緩-急-緩は非常にがっしりと弾きわけました。

マズルカやワルツは流麗に弾くのがはやりのようですが、やはりしっかりはっきり弾きます。
ちょっとまじめすぎてしまう感じかな。

バラード4番は秀逸でした。
なよなよしたところはなくて、要所要所をがちっ、がちっと固め、コーダの部分は珍しくテクニカルに華々
しく表現していました。
アンネ・ケフェレックの、艶があり、奔放の感じのバラ4とは全く違います。

アンコールは、過度に叙情的にならず、たんたんと表現。最後のアルペジオも決して急がない。
去年秋から4回目です。
アンヌ・ケフェレック、ヤノシュ・オレイニチャク、河村尚子、メジューエワ
短い曲ですが、楽譜も違う、弾き方も違うで、びっくりします。

全体として「ショパンは甘いものではないのです」の言葉通りの演奏だったと思います。

山本貴志もそうでしたが、このホールではちょっと演奏者が可哀想です。
実力の半分しか出せません。
音楽専用ホールで聴きたかったです。

2009年11月13日 (金)

コンサートのマナー(プログラム、拍手)

最近ライブに足繁く通うようになって、とても気になることがあります。

まず一つめ
せっかくの演奏中に、プログラムをパラパラめくる人が多いことです。

昨日のゴルラッチのリサイタルでも、隣の席の女性が演奏が始まる直前までは連れの女性とぺちゃくちゃしゃべりまくり(それは良いとしても)、演奏が始まるや、今度はプログラムをパラパラパラパラめくっては読んでいるのです。
真剣に音楽と対峙している演奏家に対して失礼ではないでしょうか。
そして、そのパラパラめくる音が、大変気になります。

知らない曲のいわれを知ったり、知っている曲でも復習の意味でプログラムを読むことは、確かに演奏をより愉しむうえでのプラスにはなります。
しかし、だったら演奏が始まるまでにしっかり読んで頭にいれておくのが筋と思うのですがどうでしょうか

おしゃべりする暇があるのでしたら。

昨日は、プログラムの後半になってもお隣のパラパラが止まらないので、とうとう途中で手で制止してしまいました。
やられた方は嫌だったでしょうが、こちらだって気持ちの良いものではありません。
でも、それ以後、隣の雑音は止まり、音楽により集中できたものです。

ななめ前のお年寄りも、眼鏡をつけたりはずしたりしつつ、演奏の佳境にプログラムを読むのに一生懸命でした。
いったい何しにきたのだか・・・

プログラムをパラパラしないまでも、ホールで渡されるコンサート案内のパンフレットの束をひざにおいたまま、がさがさしている人もいます。たまにその束をバサッと落とす人もいます。
何かを立てかけておき、それがパッタリ倒れることもあります。

お願いだから、できるだけ荷物の類はひざの上に置かないでほしいものです。
清潔とはいえないけれど、足下にすべて置けばよいことではないですか。
床に直接置くのがいやだったら、何か敷けば良いのだし。

日本人の聴衆のマナーは、他国に比べるとだいぶ良いと聞きます。
うるさくないし、真剣に聴いてくれる、という話をよく演奏家の談話の中にみます。
他国のことは知らないので、そうなのかもしれません。
でも、それはそれとして、その概ね静かで真剣な聴衆の中だからこそ、少しのガサゴソが気になってしまい
ます。

二つめ
演奏終了後のカーテンコールが多すぎることです。

昨日のゴルラッチは、なんと6曲もアンコールを弾いてくれました。
確かに素晴らしい演奏でした。
でも、弾いてくれるからといって、たびたびカーテンコールし、6曲も弾かすのはちょっとどうかと思いま
す。
演奏家によっては、ある程度のところではっきり意思表示する人もいるし、会場の照明が明るくなって終了
を告げることもあります。
しかし、そこにいたるまで拍手し続けている方が、どうもおかしいと思います。

演奏家に甘え、アンコールをおねだりするバカ聴衆、という構図に思えてしまいます。
せいぜい2~3曲もアンコールに応えてもらえたら、いい加減満足して拍手は止めたほうが良いのではない
でしょうか。
演奏家だって疲れているし、聴いているほうだって早く帰らねばならない人もいます。
拍手が続いている中、帰るのは、とても中途半端で嫌なものです。

※日本人は拍手はよくするけれど、声はあまり出さないようです。

※かつて一度だけ、プロとは思えない「金返せ」というようなひどい演奏にあたったことがあります。
演奏終了後、ただちに席を立ちましたが、何度もカーテンコールされていたようで、がっくりきました。

※演奏家によっては、アンコールを含めて、3部構成でプログラムを組む人がいます。
ポリーニはそういう傾向ですし、横山幸雄などもそういう意識があるように感じます。
2年前のアンドラーシュ・シフのリサイタルもそうだったと思います。

※昨日のゴルラッチは、あのまま拍手し続けたら、夜通し弾いてしまいそうな勢いでした。
日本人の特性をまだよくわかっていない、うぶな人なのでしょう。

2009年11月12日 (木)

アレクセイ・ゴルラッチ ピアノ・リサイタル@浜離宮朝日ホール

1988年ウクライナ生まれの若手です。
まだ21歳。ヌーブルジェより若い
2006年に浜松国際ピアノコンクールで優勝したのをはじめ、数々のコンクールで優勝。
つい先だっての2009年9月にはリーズ国際ピアノコンクールで2位。
(浜松で優勝しただけではまだ足りないのでしょうか)

浜離宮朝日ホールでリサイタルを聴いてきました。

姿勢よくゆったりとあらわれたゴルラッチは、まだ10代にも見えそうな童顔。
演奏姿勢は自然で癖がなく、まじめです。
最初から最後まで大変高レベルの演奏でした。
アンコールはなんと6曲。
お腹いっぱいです。

前半】
・ベートーヴェン:ピアノソナタ第31番 変イ長調 Op.110
・ドビュッシー:前奏曲集より
 1.音と香りは夕べの大気の中に漂う
  2.西風の見たもの
  3.亜麻色の髪の乙女
  4.花火

【後半】
・ショパン:「舟歌」 嬰ヘ長調 Op.60
・ショパン:12の練習曲 Op.10

【アンコール】
・シューマン:幻想小曲集 Op.12より「夢のもつれ」
・ショパン:マズルカ Op.33-1
・ショパン:ポロネーズ  変イ長調 Op.53「英雄」
・ショパン:マズルカ Op.33-2
・ショパン:ワルツ第1番 変ホ長調 Op.18「華麗なる大円舞曲」
・ショパン:ノクターン第13番 ハ短調 Op.48-1

ベートーヴェンの31番ソナタ
私は大好きで、いつか弾いてみたい曲のひとつです。
これまで何人もの演奏を聴いてきました。
先般、山本貴志で聴きました。
山本貴志は猛烈にデリケートで、ディテイルにこだわった演奏でしたが、ゴルラッチは音楽を大きくとらえ
て流れを作っていました。
とてもナチュラルで、安心して聴けました。
ときどきハッとルバートをかけることがあり、これは後半のショパンの伏線でした。
第3楽章の2回づつ奏される「嘆きの歌」の嘆き具合や、「フーガ」の表現のしかたにいつも注目していま
す。
「嘆きの歌」の2回目はよく嘆いていました。
「フーガ」の1回目は、比較的早めのテンポで軽やかに、そして2回目はややスピードを落とし、タッチを
より軽くしてペダルをつかって宇宙的な響きを出し、ベートーヴェンの後期の境地を表現しようという意がよくわかりました。この2回目のフーガの表現は、私には新鮮でした。
ベートーヴェンコンクールで後期ソナタ作品優秀演奏賞をとっただけのことはあります。
秀逸な演奏だったと思います。
カーテンコールが途絶えそうだったので、一生懸命拍手してつなぎました。

ドビュッシーは、例にもれず、私は論評するだけの力はありません。
今回ゴルラッチの演奏を聴いて、大変素晴らしい音楽だと感激しました。
ゴルラッチの音色は、ヌーブルジェのようなブリリアント&クリスタル系ではなく、もうすこし音が丸くて
暖かい感じがします。ですので、ドビュッシーの色彩も暖色系の豊かなものだったと思います。

ショパン舟歌。晩年の名作。
やはり作りが大きく、堂々としている中にも、ニュアンスをよく表現し、響きも豊かで、堪能しました。

ショパンOp.10の練習曲
全体としては、テクニックでがんがん押していくのではなく、ニュアンスを大事にし、また叙情的な曲では
テンポ・ルバートをかなり多用し、古風なタイプのアプローチでした。

1番は比較的遅めのテンポで、一気に上下するのではなく、階段を数段づつ上がり下がりする感じでした。
やや不器用に聞こえましたが、あれが解釈なのだと思います。
2番はうってかわって高速で、3、4、5の指で弾くもっとも難しい部類のこの曲を余裕をもって弾きました。
3番「別れの曲」非常に叙情的。こういうのは久々に聴きました。最近の若い人にはめずらしいです。
テンポ・ルバートの嵐でした。
4番はまたかわって、テクニカルに。でも抑揚はつけています。
その他、6番、9番、11番あたりが叙情的でルバートをきかせていました。
5番、7番、8番、10番あたりはテクニカルですが十分音楽的で、豊かな響き。
12番の「革命エチュード」が非常に期待をしたのですが、これはやや期待していたほどではありませんで
した。とても良く弾けているものの、私にはヌーブルジェの動画の壮絶演奏が焼き付いていますので、どうしてもあれと比較してしまうのです。

アンコール1曲目はシューマン。エチュードの後だっただけに、ショパンのようなシューマンでした。

マズルカは33-1と33-2が弾かれました。どちらも小品で性格的な作品ですが、リズムがマズルカらしくて良い雰囲気が出ていたと思います。33-2は3拍子でなく2拍子のように聞こえましたので。

3曲目に英雄ポロネーズとは思いもよりませんでした。
やる気まんまんですね。
これもエチュードと同じアプローチで、一気呵成に弾ききるというノリではなく、フレーズフレーズを大事
にしていました。そして、やはり大きな構成力をもっていました。中間部のオクターブによるピアノのパッセージなども大変印象的でした。バランスのよい、立派な演奏だったと思います。

5曲目が1番のワルツ
普通は集中がとぎれてきて、逆にリラックス気味に弾くピアニストが多いですが、ゴルラッチはあくまで集
中して本プログラムと同じようにきっちり弾きます。
実にバランスのよい上手なワルツでした。
とかく、早すぎてしまったり、デリケートすぎてしまったり、逆に飛び跳ね過ぎてしまったり、いろいろな
ワルツがありますが、この日のワルツは素敵でした。

そして、なんと6曲目がノクターン13番ハ短調。
私が一番好きなノクターンではないですか。
ルイサダが弾き、山本貴志が弾いています。
提示部の緊張感、中間部の嵐、再現部の華麗な変奏と、対比的な部分部分をどうやって弾きわけるかをいつ
も注目しています。
ゴルラッチは、提示部はややあっさりめで緊張感がもう一つでしたが、その後のアプローチは、ほぼ私が期
待するとおりで、かなり満足した演奏でした。

大変、煩雑な感想になってしまいました。
数多く聴いて、もちろん、ヌーブルジェのような圧倒的なインパクトを受けたわけではないですが、どれも
がそこそこ感銘を受けたので、こんなに書くことになってしまいました。

また若い才能と出会ってしまいました。
今後もぜひ聴いてみたいピアニストのリストにいれました。

2009年11月11日 (水)

【動画】フランク:プレリュード、コラールとフーガ ロ短調

久々に素敵な動画です。

おそらく2009年10月21日のルーブル美術館におけるコンサート関連の動画だと思われます。
ヌーブルジェの直近の姿を見ることができます。

曲はフランクの「プレリュード、コラールとフーガ ロ短調」の最後の部分のようです。

初めて聴きましたが凄い演奏です。
初めての曲であっても、聴く者を引き込む力を持つのがヌーブルジェの素晴らしいところ。
テクニックのみならず、ここのところの音楽的に深まりつつあるヌーブルジェを堪能できます。

2009年11月10日 (火)

のだめカンタービレ最終楽章(映画)

「のだめ」がいよいよ映画化されます。
12/19に前編が封切りです。
今回は、千秋がパリのマルレオケの常任指揮者となるあたりからのようです。
テレビドラマ「パリ編」の続編という形ですね。

よくドラマが映画化されると、別ストーリーになったりしますが、そのあたりは結構連携とっているようで、嬉しいです。
キャストも同じなので、違和感がありません。
予告を見るかぎり、映画も原作に比較的忠実な感じです。

昨今、テレビ局の低予算化などもあって、ろくな番組がありません。
「のだめ」は、一部ご愛敬でくだらない演出もあるものの(原作コミックを再現しようとしているともいえます)、音楽は手抜きしておらず、鑑賞に堪えます。
というか、原作に出てくる曲など、半分くらいは知らないので、結構マニアックです。

ましてや、私の場合、ピアノばかり聴くので、正直「ベト7」だの「ブラ1」だのの有名どころでさえ、まともに聴いたことがなかったのが、「のだめ」のおかげで親しむことができ、大変感謝しております。

ピアノ曲にしても、シューベルトの16番ソナタも「のだめ」までは聴いたことがなかったし、ドビュッシーの「喜びの島」や、ラベルの「鏡」なども「のだめ」で経験したようなものです。

明らかに「のだめ」以後、趣味の範囲は広がりました。

もちろん、ラフマニノフやショパンのコンチェルト、モーツァルトのきらきら星、ベートーヴェン悲愴ソナタの第2楽章、モーツァルトの18番ソナタ、リストの超絶技巧練習曲、ベートーヴェンの31番ソナタなど、よく知っている曲が出てくるのも、このうえない愉しみです。

映画は、贅沢に海外ロケを行い、随分手間暇かけて作っているようなので、是非鑑賞したいと思っています

ところで、ヌーブルジェに出会ってからも、趣味の範囲が広がりました。
ショパンのマイナーな曲をヌーブルジェで知りましたし、フランスものも聴かねばと思うようになったし、
ブラームスのソナタなどもほとんど知らなかったのが、相当いれこんで勉強しました。

海外でのコンサートの状況などを見ても、ヌーブルジェなかなか普通のプログラム組んでくれそうにないでこれからも追いかけるのはちと大変そうです・・・

シュトックハウゼンやらメシアンやら、ディテュイーなどは、フランスでならともかく、ヌーブルジェの演奏機会自体が少ない日本ではできれば勘弁願いたいところです。
他に聴きたい曲は山ほどありますので。

2009年11月 9日 (月)

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2010日程決定!

2010年4月28日(水)~5月4日(火)
コア期間(東京国際フォーラム)
5月2日~5月4日

で決まったようですね。
また3日間です。

来年は5月1日(土)~5日(水)まで5連休です。
4月30日(金)に休みをとれば、7連休です。

金沢のほうは4月29日から7日間という情報があります。

今回は同じテーマですから、はしごすることはないでしょうか?

でも、金沢の方がゆったりしているんですよね。
当日券も買えるし。

また行ってしまいそうな自分が怖い。

2009年11月 8日 (日)

菊池洋子レクチャー・コンサート@東京文化会館小ホール

東京文化会館の「作曲家の挑戦」シリーズの3回目として、「ピアノ300年の旅」というレクチャー・コンサートに行ってきました(11/6(金))
ナビゲーター&演奏は、菊池洋子です。

ピアノの歴史ということで、モーツァルトをフォルテ・ピアノとモダン・ピアノで弾き分けるという趣向でした。

フォルテ・ピアノはウィーンでモーツァルト~ベートーヴェンの頃に製作されたもの(どうしても名前を思い出せません、調べるとアントン・ワルターあたりだとは思うのですが)を2002年に複製したもの。

モーツァルトの手紙によく出てくるシュタインのフォルテ・ピアノより少し後のものらしく、シュタインのものより音量はだいぶ増したものだそうです。
モダン・ピアノはスタンウェイでした。

【前半】
モーツァルト:ロンド ニ長調 KV.485
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第1番 ハ長調 KV.279
ウェーベルン:ピアノのための変奏曲 op.27 
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第9番 ニ長調 KV.311 第2楽章
       ファルテ・ピアノとモダン・ピアノで
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第5番 ト長調 KV.283

【後半】
モーツァルト:ロンド イ短調 KV.511
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第15番 ハ長調 KV.545
シェーンベルク:6つの小さなピアノ曲 op.19
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第8番 イ短調 KV.310

【アンコール】
モーツァルト:グラスハーモニカのためのアダージョKV.356
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第16番 変ロ長調 K.570より第3楽章

前半は、フォルテ・ピアノとモダン・ピアノが並んで置いてあり、ロンドと1番ソナタと9番ソナタと5番ソナタはフォルテ・ピアノで、ウェーベルンと9番ソナタをモダン・ピアノで弾き分けました。

フォルテ・ピアノのの生演奏は初めてでした。
アンデレアス・シュタイアーのCDによりモーツァルト演奏は聴いていて(相当変わっています)、案外鳴るものだなと思っていましたが、生で聴くフォルテ・ピアノは、それはそれはか弱く可愛らしい音しか出ません。
ただし、チェンバロよりはまだ出ます。

プログラムが進むにつれ、だんだん耳は慣れてきました。
なるほど、モーツァルトを聴く分には、違和感はありません。
ああいう音を200年前の人々は聴いていたのだなぁと思うと感無量です。
もっとも、モーツァルトをあればかりで聴いていると、だんだん同じ雰囲気になってきてしまうきらいはあります。

ウェーベルンは完全な12音技法による曲で、正直、私には何が良いのかわかりません(-_-;)

ウェーベルンの後、当初の予定にはなかった、9番ソナタの第2楽章を弾き比べてくれるというサービスぶりでした。
うーん、私はやはりモダン・ピアノの方が良いかな。

後半は、フォルテ・ピアノはいつの間にか片づけられ、モダン・ピアノによる演奏でした。
実は、今日の曲のうち、ロンドの2曲、ソナタ1番、5番、8番は、今年の金沢のラ・フォル・ジュルネで、ヌーブルジェが弾いた曲とかぶっているのです
後半はモダン・ピアノによる演奏だっただけに、ヌーブルジェを思い出しながら聴きました。

菊池洋子のモーツァルトは、あまりなよなよとしておらず、しっかりとしたタッチで、焦らず落ち着いて奏でられます。
ヌーブルジェが、デリケートなタッチで弾いたのとは、随分違います。
ロンドイ短調も、晩年の少し寂しい感じの曲ですが、菊池洋子は少し元気だったかもしれません。

15番ハ長調ソナタは、ソナチネアルバムで有名な曲。
私でも何とかなぞるだけなら弾けます。
さすが、プロの演奏は一味も二味も違います。
この日の演奏では、このハ長調ソナタが一番印象に残りました。
第1主題が提示部リピートを含め2回、再現部で転調して1回出てきます。
これを菊池洋子はすべて異なる表現をしました。
1回目は比較的普通っぽく、2回目は左手のアリベリティ・バスの伴奏を付点でいわゆる「オシャレ弾き」、3回目は少しペダルで響かせて優しく。
それだけでなく、随所に工夫を凝らして、初心者が弾いたらあっさりしすぎるこの曲を変化の富んだものとしていました。

シェーンベルクはやはり私には厳しい

8番イ短調ソナタ
全体的に比較的早めのテンポで、重苦しくなく悲愴な感じではない作りでした。
これは、ヌーブルジェの演奏が第1楽章が早いながらも、かなり悲愴な緊張感を醸し出していたのと対照的でした。インパクトはヌーブルジェの演奏が1枚上です。

アンコールのグラスハーモニカのためのアダージョは、タッチをたいへん軽くし、本当のグラスハーモニカが鳴っているような音を表現していました。
16番ソナタの第3楽章。
上手でしたが、さすがにこれだけモーツァルトのソナタばかり聴くと、飽きました。

東京文化会館小ホールは今まで縁がありませんでした。
音は中庸の響き方でまあまあでした。
ただ、段差がない場所だったので、前の人が邪魔で非常にストレスでした。
ちょうど演奏者がそっくり隠れてしまうのです。
今度聴く機会があったら、後ろの方の段が高くなっているところにしようと思います。

2009年11月 2日 (月)

ツィメルマン2010年来日公演一部発表

来年5月~6月にまた来日するクリスティアン・ツィメルマン。
6月にはサントリーホールで3回リサイタルを開くようです。
曲目はもちろんショパン
ショパンは間違いなく期待できます。
2番と3番のソナタを演奏することだけ発表されました。

でもおそらく、AプロとBプロとかなって、いっしょには聴けないのでしょうね。
2つ行くのはなかなか辛いものがあります。

もっとも、3番は一度聴いているので、2番が聴ければ御の字ではありますが。

前にも書きましたが、ショパンイヤーの2010年は、
ポリーニ、アルゲリッチ、ツィメルマン、ダン・タイソン、ブーニン、ユンディ・リ、ブレハッチと、戦後のショパンコンクール優勝者が大挙来日します。

案外聴いていないので、できるだけこういう機会に聴いておきたいです。
たぶん、ほとんどがショパンプログラムですから、楽しい聴き比べもできます。

しかし、問題は、コストです(-_-;)
今から一生懸命稼がねば・・・

もちろん、わがヌーブルジェもショパンを弾くことでしょうから、彼我の実力も測れます

2009年11月 1日 (日)

横浜市招待国際ピアノガラ・コンサート@横浜みなとみらいホール(小ホール)

このコンサートはみなとみらいホールと横浜市が共催で1982年から27回続いているもので今年で28回目。今年は開港150周年ということでガラ・コンサートだそうです。
ぽっと暇ができたので、当日券で聴いてきました。
6人の日本人ピアニストによる盛りだくさんなプログラムでした。

【江崎 昌子】
・ショパン:マズルカ 第30番 ト長調 Op.50-1
・ショパン:マズルカ 第45番 イ短調 Op.67-4
・ショパン:マズルカ 第34番 ハ長調 Op.56-2
・ショパン:マズルカ 第41番 嬰ハ短調 Op.63-3
・ショパン:マズルカ 第32番 嬰ハ短調 Op.50-3
・ショパン:マズルカ 第23番 ニ長調 Op.33-2
・ショパン:マズルカ 第29番 変イ長調 Op.41-4
・ショパン:マズルカ 第26番 嬰ハ短調 Op.41-1

【寿明 義和】
・ラフマニノフ:楽興の時 Op.16

【東 誠三】
・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調
 「月光」Op.27-2

【小川 典子】
・ドビュッシー:塔、雨の庭(「版画」より)
・ドビュッシー:沈める寺(「前奏曲集 第1集」より)
・ドビュシー:月の光(「ベルガマスク組曲」より)
・ドビュシー:金色の魚(「影像 第2集」より)
・リスト:ラ・カンパネラ

【田村 響】
・リスト:バラード第2番 ロ短調 S.171
・ショパン:ワルツ 第2番「華麗なるワルツ」
 変イ長調 Op.34-1

【海老 彰子】
・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調
「熱情」 Op.58

皆、それぞれ上手でした。
ル・ジュルナル・ド・ショパンの時と同じように、演奏家が次々に入れ替わると、とても個性がよくわかり
ます。
また、この1年間くらいで聴いたライブとかなりだぶった曲もあり、楽しめました。

マズルカは私自身があまり親しんでいないので評価が難しいです。
昔のホロヴィッツの演奏などが耳に残っていると、どうも最近のピアニストの弾くマズルカは普通っぽくて
ピンとこなかったりします。
今年いろいろな人を聴きましたが、山本貴志が一番マズルカらしかった気がします。

ラフマニノフの楽興の時は、先日、メジューエワで聴いたばかりです。
その時の演奏が強烈だったため、今日の寿明さんの演奏も十分上手いのですが、インパクトが違いました。

月光ソナタは、実にまっすぐ正当的な演奏。
緩~急への切り替えが明確。
第3楽章はかなり早いほうだと思いますが、ごまかすことなく、すばらしい演奏でした。
東誠三、ちょっと他の演奏も聴いてみたい気もします。

ドビュッシーも近現代が弱い私としては、評価できません。
沈める寺は、ルイ・サダがアンコールで弾きました。今日の小川さんは、一部強音の響かせ方で特徴がある
部分がありました。
「月の光」ヌーブルジェが大阪フィルとの協演のときのアンコールで弾いたのを強烈に覚えています。
あの息の止まりそうなデリカシーの極みにくらべると、今日は普通にきれいでした。
ラ・カンパネラは大変技巧的に、”らしく”弾けていました。なかなかのテクニシャンです。

2007年のロン・ティボーで優勝した田村響。実は、今日この人が一番聴きたかったのでした。
リストのバラード第2番は初めて聴く曲でした。
出だしの低音部のトリル?を聴いただけで、ただ者でないことがわかりました。
骨太で深い音。大きな表現力。安定感のあるテクニック。高音部は艶(あで)やか。
今日の6人の中では、図抜けていました。
リストも特定の曲以外はあまり聴いていなかったのですが、今日のこの演奏でバラード2番はいっぺんにと
りこになってしまいました。

ショパンのワルツは、テンポをゆっくりとり、よくありがちな早くて軽妙な演奏とは、明らかに一線を画したものでした。
「こんなワルツもあるのだよ」とでも言いたいようです。
ある意味、ショパンらしくはないのかもしれません。
タッチはやはり骨太なので、軽妙になりようがないのです。
しかし、自己主張がしっかりあって、この人は是非、リサイタルを改めて聴いてみたいと思いました。
「もう一度聴きたいピアニスト」です。

トリは1980年のショパンコンクールで5位だったベテランの海老彰子。
熱情ソナタも、今年、コロベイニコフ、ビス、ルイ・サダと聴いているので4回目です。
大変な熱演。迫力はありました。
しかし、この曲は難しいのだろうなあ、とつくづく思います。
それほど破綻しているわけではないのですが、余裕がないというか、100%ぎりぎり出し切っている感じなの
です。
身体の大きいドイツ人あたりが、軽々と弾くのがあっているのかもしれません。

みなとみらい小ホールは、小ホールといえども440席あります。
王子ホールや白寿ホールより大きい。
ピアノの音はどちらかというとダイレクトに響いてきます。
一番うしろの席でしたが、全く問題ありません。
デッドというわけではありません。
よく響く、というより、よく鳴ります

今日はどちらかというと、繊細に弾くタイプのピアニストがいなかったような気がします。
私のピアノの先生がいうところの「ヨーロッパタイプ」
じゃなにタイプかというと「日本人タイプ」
よく鳴るせいなのかピアニストの特徴なのか、美しいぞくっとするようなピアニシモ、があまり聴けなかっ
たでしょうか。

« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »

twitter

2016年5月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ