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2009年7月の25件の記事

2009年7月30日 (木)

バッハ:イギリス組曲第2番~ライブ・アット・サントリーホール(1)【CD聴記】

ネタも尽きてきたので、そろそろCDの感想を再開しようと思います。
真剣勝負になってしまうので、かなり大変なのですが・・・

ヌーブルジェのライブ盤の第2弾。
2007年11月のサントリーホールでの日本デビューリサイタルの模様を収めた貴重な録音です。

Jean-Frederic Neubuger / Live At SUNTORY HALL #2CD# [Import]

【1曲目@CD1】
J.S. バッハ:イギリス組曲 第2番 イ短調 BWV.807

日本デビューのお披露目はバッハでした。
インタビューによると、周りの人たちの薦めで決めたそうです。
イギリス組曲の中でもっとも有名な曲。

私がこの曲を最初に聴いたのはグールドの演奏です。
初めて聴いたにもかかわらず、いっぺんで好きになってしまいました。
いきなり5回くらい繰り返して聴いてしまった覚えがあります。

もの凄い緊迫感と運動性。
歯切れの良いリズム。
なんとバッハは面白いものだと感じ入ったものです。

グールドの素晴らしい演奏を最初に聴いてしまって、もう他のCDを聴く気が特に起こってこなくなってしまいました
ところが、ある時、マルタ・アルゲリッチが大好きな友人から、アルゲリッチの唯一(たぶん)とも言えるバッハア
ルバムを借りたことから、アルゲリッチによるイギリス組曲の第2番を聴くことになりました。

びっくり仰天でした!

アルゲリッチの演奏はグールドと違ってピアニスティックで歯切れ良く情熱的。しかもグールド以上に快速のスリリングな演奏でした。
好きだったこの曲を、さらに好きになってしまいました。

前振りが長引きました。
そしてヌーブルジェの演奏です。

聴いてみてまたまたびっくり仰天!!!!

なんと、なんと、若々しく、スリリングかつモダンな演奏であることでしょう。
速いと思ったアルゲリッチのさらに上を行く速さ。(プレリュード、ブーレ、ジーグ)
もちろん、速いばかりが能ではなく、しっかりとテンポを保った様式感があり、そして時折ふとみせる嫌みのないル
バート。
リズム感の心地よさ。音色の明るさ。

アルマンドとサラマンドは逆にぐっとテンポを落として、大変しっとりとした演奏。
かなりロマンティックではありますが、ルイサダがやったような様式を崩すようなことはせず、バッハであることを
十分意識した上での抒情だと思います。

全体の構成として、「急-緩-急」をはっきり表現したいのだなというのがよく伝わってきます。

一言でいうと、格好良い演奏、ということでしょうか。

これはヌーブルジェの演奏全般に私が感じることです。
聴き終わって、「ウー、格好良い!」
と思わずうなってしまう。

とにかく、ヌーブルジェの演奏を聴いて、ますます、イギリス組曲の第2番のファンになってしまったことは間違いありません。

その証拠にその後、ポゴレリッチ、ブーニン、グルダなども買ってしまいました。

2009年7月28日 (火)

「リヒテルと私」

1970年から亡くなる時(1997年)まで、長年スビャストラフ・リヒテルの通訳兼付き人(?)を勤めた河島みどりさんの著書(草思社)を読みました。
面白くて今日1日の仕事の移動時間であらかた読み切ってしまいました。

リヒテルはヌーブルジェがその演奏を非常に高く評価している芸術家です。

偉大な芸術家というのは、凡人にはおよそ及びもつかない異次元の世界で生きているのだ、ということがよくわかります。
リヒテルは20世紀の生まれですが、その生活ぶりは19世紀の貴族のようです。
ただ一途に芸術だけのために生きていた。
逆に言うと、現代人としての庶民の常識がほとんど通用しない。
だから、取り巻く人たちの気苦労、気の使いようは尋常でなかった。

しかしわがままであっても決して傲慢ではなく、チャーミングでデリケートで好奇心旺盛で誠実。
そして、深い教養と芸術全般の恵まれた才能。
意外だったのは、旺盛な企画力と行動力。

リヒテルが奏でるあの素晴らしい音楽の背景には、なんとも逞しくも豊かな日々の営みがあったのですね。

私など、およそ文化的素養に乏しく、少しピアノが好き、という程度で生意気なご託を述べているのが恥ずかしくなってしまいます。
本当にヨーロッパの芸術を理解するには、音楽ならもちろんピアノだけでなくオーケストラや室内楽も聴かなければ
ならないだろうし、何と言ってもオペラは無視できないでしょう。
また、古典文学や美術などの素養も必要でしょう。
ただ、キリスト教の感覚というのは、おそらくそうそう身につけられるものではないでしょうね。

もっとも、そんなことを言っていたらいつまでたってもクラッシックファンにはなれませんから、芸術には文化的背景を超えた普遍性もあるのだ、ということで慰めとしましょう。

ヌーブルジェも天才的芸術家であるとすれば、リヒテルなみの芸術的我が儘生活を送っているのかもしれません。
あの少しオタク的風貌や様子、音楽に対する没入度、プログラムに見られる独特のこだわりなどからすると、十分あ
り得ますね

2009年7月26日 (日)

菊池洋子モーツァルト協奏曲第27番@ミューザ川崎シンフォニーホール

ミューザ川崎シンフォニーホールに初めて行ってきました。

管弦楽:東京交響楽団
指揮:ユベール・スダーン
ピアノ:菊池洋子

【プログラム】
L.モーツァルト:おもちゃの交響曲 ハ長調
モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595
モーツァルト:交響曲第41番 ハ長調 K.551

おもちゃの交響曲は子供達がカッコウだのウズラだのガラガラだのを演奏し、たいへん和やかにコンサートが始まりました。
なんでも、作曲者に諸説あるそうで、プログラム上はモーツァルトのお父さんのレオポルト・モーツァルトとなって
いましたが、ウィキペディアを見るとエトムント・アンゲラーとなっています。昔はハイドンとされていたこともあったそうです。

さて、今日のお目当てのモーツァルトのピアノ協奏曲第27番
モーツァルト最後のピアノ協奏曲。
華やかさにはやや欠けるものの、モーツァルト晩年の白鳥の歌とも思える寂しい詩情を湛えた曲で、私は大好きです

菊池洋子さんは初めてです。
モーツァルト国際コンクールで日本人として初めて優勝したという、モーツァルトのスペシャリスト。
モーツァルトのソナタのCDをあらかじめ聴いていきました。
はっきりと結構元気のよいモーツァルトを弾く人だなと思っていました。

ライブでは、明確できっちりとした表現で、あまりペダルを多用せずクラッシックに弾いていました。
最近のピアニストにありがちな、デリケートでなよなよしたところは少なく、かといって、男性的で骨太というほど
でもなく、良いバランスだと思いました。

ホールの響きもよかったし、座席もベストポジションだったので、ピアノの音がオケに埋もれず、きっちり聞こえてきたので嬉しかったです。

リサイタルも聴いてみたいです。

スダーンの指揮もきびきびとして、意図がとてもわかりやすく、聴いていて楽しかったです。

41番のシンフォニーもとても楽しかった。
モーツァルトって、やはり聴衆を楽しませることを常に考えていた作曲家なのだなあ、ということがとても良くわか
りました。

実はこの曲、仕事場で毎日のようにBGMで聞こえてきて、いいかげん辟易していたのですが、居住まいを正してきっちり聴くとまた違うものですね。

今日のコンサートはベストポジションながら、たったの3000円。
実においしかったです。

2009年7月24日 (金)

NAXOSでヌーブルジェの演奏発見!

ルイーズ・ファラン。
全く知りませんでした。
ピティナの楽曲情報にさえ載っていません。

1804生~1875没

ということですから、ロマン派の女流作曲家です。

そのファランに「30のエチュード集」という作品があり、その中の2曲をヌーブルジェが弾いているアルバムが、NAXOSにありました。

最近、CDショップにもNAXOSが置いてあるので、手に入れることはできるでしょう。

(ネットから直接手に入れても良いのですが。)

試聴したかぎり、ヌーブルジェらしい、クリアな演奏です。

2009年7月22日 (水)

ヌーブルジェ海外コンサート情報6

夏場はあまりコンサートを開かないようですね
休養と勉強にあてるのでしょうか。

そんな中、8/13にフランスはペリゴール地方で、コンサートがあるようです。
フランス語がうまく訳せないので、やや不正確かもしれません。

ペリゴールは、フォアグラやトリュフが有名です。
ペリグーソースというのは、ここからきているのでしょうか。

日本語訳がとうとうわからなかったのですが、
”Estivales du Frau”
(何とかの夏?)
というイベントがあり、そこでのプログラムとして企画されています。

オールシューベルトプログラムです。

1.即興曲 Op.90-3、Op.142
2.アルペジオーネ・ソナタ(ビオラ版?)
3.ピアノ五重奏曲 Op.114「ます」

オオオッ!と思わず叫んでしまいますね。
即興曲は是非是非聴いてみたい。
中でも90-3は、私がとびきり好きな曲です。
ディヌ・リパッティがラストコンサートで弾いた曲のひとつ。

今、ピアノの練習をしていて、いつか弾きたいベスト5に入ります。

そして、アルペジオーネ・ソナタ!
あの美しすぎるメロディ。
これはデュオしてみたいベスト3に入ります。

それと、超有名な「ます」

さて、シューベルトの曲には独特の寂しげな世界観があります。
フリードリヒ・グルダに言わせると、ウィーンの人間にしかわからない気質なのだそうです。
「微笑みながら自殺する」といった感覚。
これは、グルダの最晩年のシューベルトアルバムのライナー・ノーツに書いてあったことです。
これを読んで私は、太宰治の、あの「死にそうに笑っている」写真を思い出したものです。
日本人にはもしかしたら、わかるのではないかな。
私はグルダの演奏を聴いて「微笑みながら自殺する」という感覚が十分わかった気がしています。

こういった何とも屈折した感じを、ヌーブルジェがどう表現するのか、絶対にいつか聴きたいです。
あの明るくキレのある音のままシューベルトを弾いてしまうと、ちょっと違う雰囲気になってしまうでしょう。
さあ、どう解釈するのか。

いつか、日本で弾いてもらえるでしょうか。
韓国あたりでやったりしたら、追っかけてしまいそうです。

2009年7月20日 (月)

休日にまたビデオ鑑賞

今日はあまり体調がすぐれず、家でごろごろしていました。

たまたま家族が外出したので、テレビの音量を上げて、再び先日のヌーブルジェのベートーヴェンピアノ協奏曲第1番の演奏を堪能しました。

聴けば聴くほど良いですねえ。
身体が自然とスイングしてしまいます。

何度も見ていると細かいところにいろいろ気がつきます。

まず、本当にオーケストラを良く見ていること。
もともと左を向いて演奏する癖がありますが、格別に多いです。

大阪フィルとの時は、指揮者の大植英次がヌーブルジェをさかんにのぞき込んでいましたが、N響のときは逆。
指揮者との関係でああなるのでしょうか?

また、汗を結構かいていますね。
遠くからはまったくわかりませんでした。
汗をかかせるコンチェルトということですね。

ピアノの中になぜか楽譜が置いてあります。
青い拍子の楽譜。ヘンレ版の楽譜でしょうか。
わざと置いてあるのか、練習して置き忘れたのか?

それにしても、この日の演奏は、ほぼ完璧でした。
まったく不安なく、見ていられます。
そして、テクニックはきちんと音楽のために捧げられている。

昨日、ランランの今年のリサイタルの録画を見たのですが、テクニックのためのテクニック、といった演奏で、やや辟易していたもので、ヌーブルジェを見て安心しました。

2009年7月19日 (日)

ホロヴィッツなみの辻井伸行チケット

私の地元近くのホールで秋に辻井伸行氏のリサイタルが開かれ、今日はそのチケットの販売日でした。
そのホールで先着順に300枚販売されるとのことだったので、たまたま都合がついたので、早起きして出向いてみまし
た。
おそらく、これだけメディアで騒がれているので、相当早く並ばないと買えないという予想はしていました。

発売時間は午前10時、私が現地に着いたは朝6時15分頃でした。
すると、ホール入り口に通じる敷地入り口のあたりに立て看板があり、係員とおぼしき人が、集まってきている人々
に懸命に説明をしていました。

私もすぐ呼び止められ、辻井伸行リサイタルのチケットの購入は、もうほとんど不可能です、とのこと。
え!と聞き返すと、すでに200名以上の行列ができており、300枚に対して1人2枚づつまで買えるので、まずもう無理
だろうとのことでした。

看板の張り紙を見てみると、昨日の21時の段階で、もう購入不能状態だったそうです。
何ということでしょうか。
一番先頭は一昨日から2日間徹夜。

行列をざっと眺めてみると、ビニールシートや椅子持参で、並ぶ気満々の人たちであふれかえっていました。

甘かった。
メディアの力と、日本人のミーハー度を甘く見すぎていました。
もっとも朝4時台に起きて、6時に行った私も十分ミーハーではありますが・・・

こんなにクラッシックチケットのために並ぶのは、私の知る中ではウラディーミル・ホロヴィッツの初来日以来のことです。

国際コンクールに優勝したところで、まだ彼はスタート台に立ったばかり。
これから2年間300コンサートという過酷な演奏ノルマが待っているし、盲目のハンデのため、レパートリーを増やす
にしても、健常者の何倍もの努力が必要でしょう。
また、彼の演奏はCDや動画で視聴するかぎり、素直で透明な感じを受けますが、より深い感動を聴衆に与えるために
は、精神的にももっと成熟していかなければならないでしょうし、課題は山積だと思われます。

あまりにも一気にもてはやされてメジャーになってしまい、中身が追いついていかないと、息の長い芸術家になれない危惧もあります。
日本人聴衆は身びいきもあるし、ハンデに対する判官びいきもあることでしょう。
できれば、ヨーロッパできちんと修行して、本場の聴衆にしっかり評価されるような演奏家に育ってほしいものです

翻(ひるがえ)って、わがヌーブルジェは、サントリーホールをまだ満杯にできず、「音楽の友」で批評もしてもらえないマイナーな存在です。
私にとっては、かえってその方が嬉しい面もあります。
『フフフ、彼の素晴らしさにはまだ少数の人しか気付かないのだ』
という、少しいやらしい感覚ではありますが。

しかし、きっとフランスを中心にヨーロッパで地道にコンサートを重ねていけば、向こうでしっかり認められ、いづれ日本でも大きく取り上げられるようになるでしょう。
このブログがその時、こんな前から追っかけていたおバカがいたのだ、などと言われるようになったらファン冥利に尽きます。

2009年7月18日 (土)

NHK交響楽団定期演奏会評(音楽の友8月号)&ルイサダ評

「音楽の友8月号」のコンサート・レヴューに、6/12のNHK交響楽団第1650回定期公演の批評が掲載されました。(國土潤一氏)

ベートーヴェンは、メルクルの入念な音楽作りと、ジャン=フレデリック・ヌーブルジェの冴(さ)えたテクニックと音楽的躍動感によって、瑞々(みずみず)しい味わいを湛(たた)えた演奏となった。
※( )は管理人

こっ、これだけですか!
そりゃもちろん、端的に言えば、テクニックとリズム感と新鮮さ、ということで、まったく異議はありません。
しかし、もう少し思い入れないのでしょうかねえ。
テレビ放映を見直してみて、改めてヌーブルジェの演奏の素晴らしさを実感しているのに。
ちょっと寂しい批評です。

ところで、肝心の6/20のサントリーホールリサイタルの批評が、この号には載っていません。
20日より後の批評もあるので、締めの関係ではないと思います。
無視されてしまったのでしょうか?
悲し過ぎます。音友社に問い合わせしてみましょう。

しかたないので、もう一人のジャン、マルク・ルイサダの批評をご紹介します。(中村孝義氏)

ショパン「夜想曲」を聴いていて、その空間にすっと伸びていく響きの美しさ、即興的感興をもって自在に歌われる音楽の魅力に心を奪われた。

そうなんですが、私はあまり感激なかったんですよね。
好きな曲が多かっただけに、自分の持っているイメージが強すぎたのかもしれません。

バッハも美しい。が表現はややロマンティックに傾き過ぎ。バッハは情緒と雰囲気で弾いてしまっては。

これは全く同じ感想。
前にも書きましたが、ショパンのようなバッハでした。

シューマン《子供の情景》は秀逸。ニュアンスに満ちた響きの綾と独特のルバートを交えた表現から滲み出るロマン的情感の美しさときたら。

これも同感です。
一番しっくりきました。

最後のベートーヴェン《熱情ソナタ》では、このルバートや奔放とも言うべき自在さが裏目に出るのだから難しい。音楽がヒステリックになり、明快な形式感や堅固な構成まで崩れてしまっては。

同感同感。批評が結構似てますな。
ちなみに譜めくりについては触れてませんでした。

2009年7月17日 (金)

N響定期公演ベートヴェンピアノ協奏曲第1番の放送を見た!

去る6/12(金)にNHKホールで行われた、ヌーブルジェとNHK交響楽団との協演が、BS2で放送されました。

ビデオに撮って、じっくり聴くことができました。

6/13(土)にNHKホールの違う座席で聴いたときもびっくりしましたが、テレビ録画を見て、またまたびっくりしました。

6/12に私が聴いた音と、放送された音は天と地ほど違いました。

すでに鑑賞記に書いたとおり、6/12のライブでの音は粒立ちがイマイチはっきりせず、流れるような音楽に聞こえたものです。

ところが、録画を見ると、まさにヌーブルジェの特徴である、硬質でブリリアントで深いタッチがきっちり再現されているではありませんか!
同じ音楽とは思えません。

ベートーヴェンのカデンツァも、手の動きをアップで映すので、その素晴らしさ、凄まじさを目の当たりにできました。

第3楽章は、あんなに落ち着いて弾いていたのだ、という感じでした。シフが「アレグロです。プレストではありません」と言っていたのを思い出しました。
アレグロ・スケルツァンドという指示を忠実に表現していたのだなあ、というのがわかりました。

ライブは多少値がはっても、できるだけ良い席で聴かねばと、改めて思ったしだいです。

2009年7月16日 (木)

【動画】ストラヴィンスキー:エチュード嬰ヘ長調 Op.7-4

2007年頃の演奏。出所は不明です。
コンクールか、リサイタルのアンコールか?

2009年7月15日 (水)

ピアノの響きについての一考察

昨日もビスの弾くピアノの響き具合について、ついつい感想が及んでしまいました。

自分の過去の記事を振り返ると、やれ音色だの、響きだの、透明感だの、どうもいわゆる「ピアニスティックな音の美しさ」を求めている自分がいるような気がしてきます。

「音楽」を聴いているはずなのに、単に「音」を聴いていやしないか。
そんな不安が、ふとよぎったりします。

では、音楽は音の響きと無関係かといえば、そうとも言い切れません。
音楽は音を鳴らすことによってしか表現できないのですから、その鳴らしかた、音の出しかたに音楽が宿っていると
考えることも、間違ってはいないでしょう。

過日、クリスチャン・ツィメルマンのリサイタルを聴いたとき、プログラムの中に彼のインタビュー記事が載っていて、そこでとても興味深いことを話していました。

「私は実のところピアノを演奏しているのではなく、音楽を演奏している。ピアノはさほど興味をそそるものではない。私はピアノに興味を抱くことから始めたが、それは問題点を取り除いて消してしまいたいと思ったから。最高のコンサートとはピアノのことを考えないときです」

さて、ツィメルマンのこの意外ともとれる発言と、似たようなことを言った芸術家が過去にもいます。
グレン・グールドです。
「グレン・グールド発言集」という難解な本の中に、こんなグールドの一文があります。

「前提の第一は、ピアノを弾いているという事実を忘れることです。頭の中で思い描いた構想を実現させるのに、何でもピアニスティックに考えるのは反対です」

グールドはベートーヴェンの初期と後期のソナタには価値を認めていますが、中期の一般的に名作といわれる「熱情」や「ワルトシュタイン」の価値は否定しています。
それは、ベートーヴェンが「ピアニスティック」なことに囚われた曲にしてしまったことだからだそうです。

音楽は身体や精神に内在するもので、それを表現するのにピアノは実は邪魔なのだ、とでもいう、ピアニストでありながら何とも逆説的な感覚。
それを、グールドとツィメルマンはともに持っていることになります。

それでありながら、2人の演奏は全く対照的であることに驚きを感じざるを得ません。

ピアノをメカも含めてパーフェクトにコントロールする(2人ともピアノをいじるのが大好き)、という点は同じであっても、そこから出てくる音は、ツィメルマンの場合この世のものとも思えない美しいピアニスティックな響きであり、グールドの場合は骨組みだけにそぎ落とされた乾いた音です。

そして、そのどちらもが、音楽的な魅力に満ちている。

響きがあろうが、なかろうが、結局、音楽を表現できる人はできるという、つまらない結論になるのでしょうか。

さて、わがヌーブルジェはピアノからさまざまな色彩を表出するのに長けています。
ピアノの音色を通じて音楽を表現するタイプだと思います。
最近のインタビューで、いろいろなピアノを弾くのが好きだと言っているように、ピアノにこだわるグールドやツィ
メルマンとまた違った感性を持っているようです。

ピアノのいろいろな可能性を引きだしながら、そこにしっかり音楽も存在している。
とすると、かなりスケールの大きなピアニストであるのかもしれません。

また、ファンの身びいきですかね^^;

2009年7月14日 (火)

ジョナサン・ビス リサイタル@王子ホール

アメリカ音楽界のサラブレッド」といううたい文句の、ジョナサン・ビスのリサイタルを聴いてきました。
うたい文句はだいだい割り引いて考えた方が無難です。
ビスは現在、27歳~28歳。国際コンクール出身者ではなく、テレビ放映されたダニエル・バレンボイムのベートーヴ
ェンのマスタークラスを受講していた頃から注目されるようになったそうです。
身長190㎝はあろうかというくらいの大きな方でした。

プログラムは以下のとおり。

【前半】
1.ハイドン:ソナタ第46番 変イ長調 Op.54-3 Hob.ⅩⅥ-46
2.シューマン:クライスレリアーナ Op.16

【後半】
3.ヤナーチェク:ピアノ・ソナタ「1905年10月1日、街頭にて」
4.ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 Op.57「熱情」

【アンコール】
モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第15番 ハ長調 K.545 第2楽章

一言で感想を述べるとすると、アメリカ人だなぁ、というところです。
あまり出身国で色分けしてしまうことは良くないとは思いつつも、やはり国民性が音楽にどうしても現れてくるとし
か思えないことは、ままあります。

ハイドンのソナタは何せ60曲あまりもありますから、守備範囲が狭い私などが知っている曲はいくらもありません。
今日の曲も初めて聴きました。
いかにもハイドン、という感じの曲で、形式がはっきりしているので、初めて聴いてもわかりやすいです。
なかなか端正に古典的に弾いていて好感が持てました。

ただ、どうしてもヌーブルジェと比較してしまいます。
ヌーブルジェは金沢でハイドンの別のソナタを弾きました。これもあまりメジャーな曲ではなく、予習を多少してい
ったものの、ほとんど初めて聴くようなものでした。
しかし、ヌーブルジェの場合は出だしの1小節で私の心を掴んでしまったものです。
深い音色と華のある音楽。

それにくらべると、ビスのハイドンはまじめではあるけれど、やや物足りない
技術的なことで言えば、もう少し右手のメロディーラインをはっきり出してほしい。
特に第3楽章の早いパッセージになると、やや落ち着きがなくなり、しっかりとした旋律が響いてきませんでした。

シューマンの名曲、クライスレリアーナ
シューマン独特の、不安定な感じをどうだすか注目していました。
若手の名手が弾くと、上手すぎて、つまらなくなることがあります。
ビスは、その不安定さを無骨さで表現しました。
決して流麗とはいえず、骨太。
ところどころ、意識的にか無意識的にか、アッチェランド(徐々に速く)して急ぐ。
意図はわからないことはないけれど、私はどうも成功しているとは思えませんでした。
一応、シューマンもロマン派ですから、もう少し艶やかな感じ、華やかな感じが欲しかったかなと。

ヤナーチェクのソナタ
ビスはかなり入れ込んでいるそうです。
私は初めてでした。苦手な現代もの。
でも、コロベイニコフの時聴いたシュスタコービッチよりはよほどわかりやすかったです。
良い曲だなと思いました。
それ以上のことはよくわかりません。

ベートーヴェンの熱情ソナタ
ある意味凄かった。
あそこまで大音量で弾けるピアニストはそうそうおりますまい。
ただ、です。
フォルテは大きければ良いというものでもないでしょう。
いくら大きな音でも、プロだったらそこに音楽的な洗練が欲しいです。
確かに、ベートーヴェンの特に中期の名作群は、ピアノの性能を存分に生かし、ディナーミク(音の強弱)の変化を
大きくつけて、逞しく弾くものです。
ですが、それも過度になると、ただうるさいとしか感じられないこともあります。
ビスの表現には、そういう過剰な面があったと思います。
第3楽章のコーダは、ただでさえ速いところところをアッチェランドして、音楽が壊れてしまいそうでした。

聴衆受けが良かったことは言うまでもありません。
ああいう派手な終わり方をすれば、喜ぶ人は多いでしょう。
ただ、私はあまり好きではないなあ。

アンコールは、モーツァルトのソナチネのアンダンテ
あれだけ耳を酷使する熱情を聴いたあとですから、良い選曲でした。
ド派手な超絶技巧曲だったら、ちょっと退いていたところです。
これは、ハイドンと同じように端正に弾くのですね。
音の響きがもっとあると、さらに素敵なのですが。

(ちなみに、演奏終了後にホール出口に張り出してあったアンコール曲の記載は「モーツァルト ソナタ第10番ハ長調 K.330第2楽章」となっていましたが、明らかに間違いです。ソナチネアルバムに入っていて、子供でも知っており、私でも弾ける、K.545のハ長調であることは間違いありません)

コロベイニコフの時にも感じましたが、王子ホールはかなりデッド(音が響かない)です。
今日は2列目で聴いたので、ダイレクトにピアノの音は迫ってきたものの、ホールの上に抜けるような響きが乏しいです。
ピアニストによって、どれだけ変わるのか、まだ確かめられるほどこのホールで聴いていないので、今後さらに検証したいです。

2009年7月13日 (月)

ヌーブルジェ海外コンサート情報5

フランスのノアンと言えば、ショパンとジョルジュ・サンドが7回も夏を過ごした地。
ショパンの多くの作品が生み出されています。

そのノアンで、7/17~7/24まで、ショパン音楽祭が開催されます。
フランスでは毎年あちこちでショパン音楽祭が開かれるのですね。
うらやましいです。

ヌーブルジェはここで7/22にリサイタルを行います。

1.ハイドン:ピアノ・ソナタ 第47番 Hob.ⅩⅥ 32 ロ短調
2.メンデルスゾーン:幻想曲 嬰ヘ短調「スコットランド・ソナタ」
3.ショパン:2つのノクターン Op.37 
4.ショパン:スケルツォ第1番 ロ長調 Op.20
5.ショパン:新しい3つのエチュード
6.ショパン:ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調「葬送行進曲付き」Op.35

ハイドンは金沢ラ・フォル・ジュルネで聴きました。
あまり弾かれない曲のように思いますが、大変な名演でした。
いっぺんに好きになってしまいました。

メンデルスゾーンは聴いたことありません。
調べたらその名の通り幻想的で、しかし旋律はしっかりしているので掴みやすい曲のようです。

ショパンノクターンの37-2は、昨年のル・ジュルナル・ド・ショパン4日目の朝に聴きました。朝にふさわしく清々(すがすが)しい演奏でした。
37-2はト短調の寂しい曲です。聴きたいものです。

ショパンスケルツォ第1番は、やはりル・ジュルナル・ド・ショパンの2日目にヌーブルジェは演奏しました。
残念ながら、私は3日目から行ったので、聴けませんでした。
たぶん、キレキレの素晴らしい演奏だったのでしょうねえ。

ショパン3つのエチュードは、ヌーブルジェの16歳のときのアルバム(ショパンエチュード集)で聴くことができます。
本当の練習用エチュードであったらしいですが、立派に音楽になっています。
ツェルニー50番でさえ音楽にしてしまうヌーブルジェですから、なんて事ありませんね。

ショパンの第2ソナタ
これはシャトー・ラフィット・ロートシルトでのリサイタルと同じです。
是非是非聴いてみたい1曲。

ここでは、メンデルスゾーンが出てきました。
過去のヌーブルジェの演奏は調べきっていません。
いったい、どれだけレパートリーがあるのでしょう?
これでシューベルトあたりが出てくると嬉しいです(過去もう弾いているかもしれませんが)

2009年7月12日 (日)

ライブ・アット・サントリーホール【CD紹介】

今更ですが、ヌーブルジェのCD紹介をまだひとつしかしていないので、順次していきます。

2007年秋に来日時のサントリーホールでのライブ録音です。

Jean-Frederic Neubuger / Live At SUNTORY HALL #2CD# [Import] Music Jean-Frederic Neubuger / Live At SUNTORY HALL (2CD) [Import]

アーティスト:Jean-Frederic Neuburger (ジャン=フレデリック・ヌーブルジェ)
販売元:Mirare
発売日:2008/10/01
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ヌーブルジェ20歳のときの録音です。
(このライブのあと12月に21歳になりました)

バッハ、ショパン、ラヴェル、リストと大変意欲的なプログラム。

どの曲も、瑞々しく、新鮮な解釈にあふれています。
新春に木々の芽が噴き出るような、はじけるようなフレッシュな勢いがありながら、決して荒ぶることなく、デリケートなセンスでコントロールされている。

実にすばらしいライブです。

最初のバッハのイギリス組曲第2番では、そのスリリングでポップな演奏に聴衆はとまどっているように感じますが、徐々にヌーブルジェの世界に引き込まれ、最後は熱狂している様子がよくわかります。

ショパンのノクターンが終わった後の長い沈黙が実に印象的。

この時私は迂闊にも、まだヌーブルジェの存在を知りませんでした。

このライブを聴けなかったことは、いくら後悔してもしたりません。

2009年7月11日 (土)

ヌーブルジェ海外コンサート情報4

ヨーロッパ有数のスキーリゾート地と知られるスイスのヴェルビエで、7/17から8/2まで音楽祭が開催されます。
アルプスの美しい山々に囲まれた、素晴らしい環境のようです。

Verbierfestival1

7/18にヌーブルジェはここでリサイタルを開きます。
プログラムは以下のとおり。

1.バッハ/ブラームス:シャコンヌ
2.ブラームス:ピアノ・ソナタ第2番 
3.ラヴェル:ラ・ヴァルス
4.デュティユー:ピアノ・ソナタ

さすがに今回は既出のものでした。

それにしても、ワインのシャトーだったり、パリの公園だったり、スイスの山里だったりと、ヨーロッパで行われるコンサートは、なかなか素敵ですね。

2009年7月10日 (金)

ヌーブルジェ海外コンサート情報3

今、フランス・パリではショパン・フェスティバルが開催されているようです。
それにヌーブルジェも参加し、7月12日にブローニュの森の一角にあるバガテル公園でリサイタルを行います。

プログラムは以下のとおり。

1.モーツァルト:ピアノ・ソナタ第8番 イ短調 K.310
2.ショパン:3つのノクターン Op.15
3.ショパン:スケルツォ 第2番 変ロ短調 Op.31
4.シマノフスキ:メトープ-3つの詩 Op.29
5.ショパン:エチュード Op.25-1,2,4,5,7,11

モーツァルトのイ短調ソナタは、金沢のラ・フォル・ジュルネで聴くことができました。

ショパンノクターンの15-1はヌーブルジェお気に入り(?)
15-2は2008年のル・ジュルナル・ド・ショパンで弾きましたね。
15-3は未聴です。

スケルツォで一番有名な2番。
日本では聴けていません。
これはヌーブルジェにピッタリの曲ですね。

きっと聴き応えがあるにちがいありません。
是非是非聴いてみたいものです。
来年のラ・フォル・ジュルネが楽しみです。

シマノフスキは1915年の作品。
先日、ツィメルマンがシマノフスキを弾き、今後シマノフスキをあえて聴くことはないかなと思いましたが、いずれヌーブ
ルジェのプログラムに入ってくるのでしょうか。

ショパンの作品25のエチュードは、ヌーブルジェお得意のレパートリー。
先日のサントリーホールリサイタルでも、アンコールで25-7を聴けました。
ただ、まとめて日本では弾いていない気がするので、いつか聴いてみたいです。

それにしても、短い期間で、どれだけのレパートリーを披露できるのでしょうか。
凄いものです。

2009年7月 9日 (木)

モーツァルトソナタに挑戦

気候が身に堪えじっくりCDを聴き比べて感想をまとめる気力がなかなか湧いてこないので、随想でお茶を濁します。

ピアノのレッスンを数十年ぶりに再開してようやく3ヶ月と少しが経過しました。「厳しく真っ当に」とお願いしたとおり、それはそれは丁寧に階段を一段づつ昇るような指導を受けています。

指の独立性を高めるエクササイズをした後、スケールを3通りの弾き方で片手づつ。そして同調のアルペジオ。
ツェルニーの30番を1曲。
バッハのインヴェンションを1曲。
そして、いわゆる「曲」としてソナチネアルバムから1曲。
なかなかハードです。

しかし、成果は確実にあがり、見違えるように指をコントロールできるようになっていくのを実感しています。
先生は音楽性にあふれ、また技術的なノウハウの引きだしもたくさん持っていて、たいへん楽しく充実したレッスンライフを送っています。

ソナチネを1曲あげたところで、先生からソナチネではつまらないからモーツァルトにしましょうという提案を受けました。
まさか、こんなに早くモーツァルトのソナタに挑戦できるとは思っていなかったので、すこしとまどいましたが、先生のノリに従いやってみることにしました。

曲はピアノ・ソナタ第12番 K.332 ヘ長調。
私の大好きな曲のひとつです。

実は、ヌーブルジェの金沢でのコンサートのための準備で、モーツァルトの初期(ケッヘルの200番台)のソナタを、今年に入って随分聴いてきました。
なかでも、ヌーブルジェも弾いた1番のハ長調のソナタが、軽妙でチャーミングでユーモアにあふれていて、ここのところ、かなりのお気に入りでした。
「1番はどうでしょう?」と聴いてみたところ「あれは難しい」とのことでした。
確かに、音符はそんなに多くないのですが、あの洒落た感じをいやみなく弾くのは、結構難しいのかなと思います。

それに対し、12番は演奏効果は抜群ながら、技術的にも音楽的にも案外弾きやすい感じがします。
第3楽章は相当なテクニックがいるように思っていたのですが、落ち着いて楽譜をなぞると、そう弾きにくくはない。一部のプロのように、もの凄いスピードで弾く必要はないわけですから、十分ものにできそうです。

とは言うものの、今の私の技術レベルでは相当な背伸びであることは間違いありません。
果たして、第3楽章までたどりつくのに、何ヶ月かかることやら。
でも、全部弾けるようになったら、このうえない悦びでしょう。

さっそく譜読みにはいっていますが、勝負は一通り指でなぞれるようになってからです。
大人になってからのピアノの醍醐味は、自分なりの音楽をどう作るかです。

CDで何人かの演奏を聴いています。
デリケートで線の細いピリス。
骨太で男性的なグルダ。
ギャラントな華麗さのクラウス。
落ち着いて力の抜けたバックハウス。
思い入れたっぷりのプレトニョフ。
ロマン的なぶっ飛びのハイドシェック。
点描的ぶっ飛びのグールド。
細部いじくり回しぶっ飛びのシュタイアー。

さて、私はどうしようかしらん。
これからリクリエイトの楽しい日々がはじまります。

2009年7月 8日 (水)

ヌーブルジェ:ベートーヴェンピアノ協奏曲第1番、もうすぐテレビ放映

以前にすでに記事にしており、再掲です。

NHK交響楽団定期公演でのヌーブルジェの演奏が、テレビ放映される日が迫ってきました。
ビデオの準備をぬかりなく。

7/12(日)06:00~
NHK ハイビジョン「N響演奏会」

7/17(金)10:00~
NHK BS2「N響演奏会」

ベートーヴェンピアノ協奏曲第1番
第1楽章のカデンツァはベートーヴェンによる華麗な3作目。

アップでヌーブルジェの新鮮な演奏を体験できます。

楽しみこの上ないです。

2009年7月 7日 (火)

辻井伸行の動画を視聴してみた

話題の辻井伸行の動画がYou-Tubeなどにあふれています。コンクールの結構質の良い動画が流出しています。
どういうルートなのでしょうね。不思議です。

ショパン:エチュード Op.10-1~4
ショパン:子守歌
ショパン:24の前奏曲の24番
リスト:ラ・カンパネラ
リスト:ハンガリア狂詩曲第2番
ベートーヴェン:ハンマークラビーア・ソナタ第4楽章

などです。

さすがに優勝しただけあって、聴かせる演奏だと思いました。

ラ・カンパネラなどは、テクニックでガンガン弾きまくる演奏が多いなか、なかなか泣かせます。聴衆は全員スタンディングオベーションして拍手が鳴りやみませんが(アメリカ人ということを割り引いても)、たぶん超絶テクニックではなく、音楽に感動したのだと思います。

ハンマークラヴィーアのフーガも熱演。
ヌーブルジェのように見得を切るようなことはなく、ストレートに音楽をぶつけている感じです。

ショパン子守歌は、感情を抑え、音の美を追究したような演奏。

盲目の彼には、音や音楽がピュアな形で脳の中にあって、それを表現できる才能があるのでしょう。

一度ライブで聴いてみたくなりました。(チケット取れないでしょうなあ)

2009年7月 6日 (月)

【動画情報】G線上のアリアをロックに編曲するのを手伝うヌーブルジェ?

2009年ナントのラ・フォル・ジュルネで、バッハのG線上のアリアのトランスクリプションをロックでやったようです。

その際、ヌーブルジェがその指導をしたのでしょうか?

歌うヌーブルジェが面白いです。

埋め込み方がわからないので、リンクを張っておきます。

http://vimeo.com/3065198

2009年7月 5日 (日)

ヌーブルジェ海外コンサート情報2

2009年7月9日にフランスはボルドーのメドック地区にある、シャトー・ラフィット・ロートシルトでヌーブルジェのリサイタルが行われるようです。

シャトー・ラフィット・ロートシルトと言えば最高級赤ワインの代名詞のような銘柄です。
そのシャトーの中でのリサイタルのようです。
セレブが高級ワインを飲みながら、ヌーブルジェを聴くのでしょうか?
何ともうらやましい。

プログラムは以下のとおりです。

バッハ/ブラームス:シャコンヌ
ショパン/ノクターン ヘ長調 Op15-1
ショパン/ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調Op.35「葬送行進曲付」

シューマン/アラベスク Op.18
デュティユー/ピアノ・ソナタ

シャコンヌは先日のサントリーホール・リサイタルと同じです。
ショパンノクターンは、2年前のサントリーホール。先日のタワーレコードミニライブでも弾いてくれました。結構好きなのかもしれません。

何と言っても、ショパンの第2ソナタです!
き、聴いてみたい。
あのデモーニッシュなソナタも、ヌーブルジェにかかると、ブラームスの第2ソナタのように、情熱的に生まれ変わるのでしょうか。
ああ、聴いてみたい。

シューマンアラベスク。先日ルイサダが紀尾井ホールで弾きました。これも聴きたいです。

デュティユーは、フランスの現代作曲家で、まだ健在。93歳くらいのようです。ソナタは1947年の作。
転んでもただでは起きない、というか、あくまで聴衆に挑戦的なヌーブルジェです。
でも、案外地元フランスでは有名なのでしょうか?

こんなリサーチしていると、本当にいつか海外まで追っかけかねませんね(^_^;)

2009年7月 4日 (土)

i-Podの過信に注意

我が家のオーディオ環境は恵まれていません。
まず、オーディオ装置を置くスペースがない。
仮に小さなのを置いたにしても、音を出して聴ける時間に家にいることは少ない。

クラッシックをちまちました音量で聴いても、まったくつまらないので、結局オーディオ装置は用意してありません。

やむなく、2年前まではコンパクトCDプレーヤーにイヤホンかヘッドホンをつないで聴いていました。
i-Podが便利らしいという話は聞いていましたが、クラッシック音楽の音を圧縮してどうする!と、歯牙にもかけてい
ませんでした。

その後、ある事情により、しかたなくi-Podを購入し、CDを取り込んで聴くようになりました。
一番音質が劣化しない取り込み方をして聴いてみると、まずまず聴けるので、こんなことならもっと早く買っていれば
良かったと後悔しました。

今ではやっと2500トラック程度(約40GB)を取り込み、通勤途中などで聴いています。

CDプレーヤーはお蔵入り状態でした。
新しいCDを買うと、まずはi-Podに取り込んでから、i-Podで聴く習慣ができてしまいました。

これが大失敗だと気がつきました。

ヌーブルジェのハンマークラヴェーアソナタが入った最新のCDを、先日のサントリーホールで先行販売したので買い求め、そろそろCDの鑑賞記でも書こうかと、何度か聴いてみました。

ところが、どうも録音された演奏があまりピンとこない
もちろん、リサイタルでのヌーブルジェのパーフォーマンスが素晴らしかったので、どうしてもそれと比べてしまい、
スタジオ録音だとこんなものなのかな、と諦めかけていました。

昨日、ふと思い立って、お蔵入りだったCDプレーヤーを引っ張り出してきて、CDで直接ハンマークラヴェーアソナタを聴いてみました。

唖然としました。

i-Podで聴くのと、まったく違う音楽になっている。
リサイタルでのライブの演奏に、かなり近い。
リサイタルの記憶が沸々と蘇ってきて、感激でした。

いったい何が違ったかというと、音の響き具合と深さが全然違う。
i-Podでは、響きが少なく、音がポツポツと痩せてしまっていて、音楽に厚みがない。
特に低音部の響き具合などは、ライブを彷彿とさせるCDプレーヤーに対し、i-Podはまったくなっていない。
また、ヌーブルジェのリズム感も、音がポツポツのi-Podでは、心地よく伝わってこない。

いやいや、参りました。
大反省です。

たぶん、CDの録音状態によって、かくも差が出る場合と、そうでない場合があるのかもしれません。

i-Pod過信するべからず。

これからは、まず一度はきちんとCDプレーヤーで聴くことにします。

もし同じ聴き方をしている方がいらっしゃったら、今回のヌーブルジェのCDに関しては、ぜひオリジナルのCDの音を聴ことをお勧めします。

2009年7月 3日 (金)

クラッシック音楽を聴くということ

最近出版された、中公新書「音楽の聴き方」(岡田暁生著)という本を読みました。

主に「クラッシック音楽を聴く」ということは、どういうことなのかを深く考察したもので、やや難しいものの、とても示唆に富んでいて、読み応えがありました。

音楽、特にクラッシック音楽には「型」があり、聴衆は自然とその「型」を意識した聴き方をしている。その「型」を知るということは、その音楽が生まれた文化を知ることである。

「型」をまったく知らない者が、いきなり型のある音楽を聴いても、単なる音の羅列としか聴けず、音楽として聴けないこともある。
また、音楽的感興は、それを言語化する作業を伴う。
音楽はただ感ずるだけのものでない。

とまあ、こんな感じなのですが、実際に読むのが一番です。

やや抽象的なので、もう少し具体的に書きます。

まず「型」とは、やれソナタ形式だの三部形式だのという、楽曲の形式のことだけを言っている訳ではありません。
伝統に培われた約束事、というようなものも含みます。

例えば、ドレミファソファミレド、と弾くとき、作曲家による指示がなければ、ドレミファファミレド、と軽くクレッシェンド、デクレッシェンドして弾くのが普通です。
また、楽章の終止は、リタルダンド(だんだん遅く)の指示が仮にないとしても、幾分、遅くしながら終わります。

また、ピアノやフォルテの指示というのはあくまで相対的なもので、ある箇所のフォルテと、別の箇所のフォルテが同じ強さとは限りません。あくまで、前後関係で決まってきます。

こういうことは、楽譜を見たところで細かく指示されているわけではなく、約束事として弾くものは解釈するし、聴く方も意識的、無意識的にそういう約束事にしたがった聴き方をしているわけです。

ですので、たまに演奏家が、その約束事を破った演奏をすると、それが違和感だったり、逆に新鮮味だったりします。
ヌーブルジェの先日のハンマークラヴィーアの演奏は「ベートーヴェンは深刻であるべき」という約束事があったとすると、それを打破した新鮮な解釈だったと思います。逆に、それが許せない人もいたかもしれません。あんなものベートーヴェンではない、と。

最初、よくわからなった曲が聴きこむにつれ、だんだんわかってきて、最後は大好きになったりすることがあります。
聴く「型」ができてくるのですね。
私が苦戦した先日のブラームスの第2ソナタの第2楽章を例にとると、初めて聴いたときには、あれが変奏曲形式であったとは、ほとんどわかりませんでした。音の羅列にしか聞こえない。断片的な旋律が次々に脈絡なく流れているようにしか感じない。
第3楽章との区別もつかない。

ところが、だんだん聴き慣れ、さらに楽曲解説などを読んで勉強をすると、変奏曲の型がみえてくる。
なるほど、このテーマが、こうなって、ああなって、と。
さらに、最後楽譜を読んだら、完全に曲が頭にはいりました。
その状態でヌーブルジェの演奏を聴いたら、もう感激でした。

さらに、最近ピアノを習い始めたところ、先生からいろいろ言語化された音楽の表現法を教わっています。
「そこは教会の中で音が敬虔に響いている感じ」
「このフレーズとこのフレーズは兄弟で、こっちの方が偉いのよ」
「ここはあなたが右手にならなければなりません」
などなど、レッスンを受けていると限りがありません。

ちょうど、このような体験をしたので、この本がおもしろく読めたのかもしれません。

2009年7月 2日 (木)

海外のヌーブルジェ・コンサート情報

ヌーブルジェが海外でどんなコンサートを行っているか、とても興味深いところではありますが、公式サイトも今のところ見あたらないため、探すのはなかなか大変です。

ようやく、少し見つけ方のコツがわかってきました。

2009年10月21日、つまり今年の秋に、どうやらフランスはパリのルーブル美術館でリサイタルを開くようです。

ルーブルにはコンサート会場もあるのですね。

プログラムの詳細はわかりませんが、どんな作曲者をとりあげるかは出ていました。

◆セザール・フランク
◆ガブリエル・フォーレ
◆カールハインツ・シュトックハウゼン
◆ルードウィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

フランス系と、現代音楽、そして古典派です。

ベートーヴェンはハンマークラヴィーアでしょうか?

またシュトックハウゼンとは!
フランスの聴衆はついていけるのでしょうか。

私はいくら追っかけとはいえ、フランスまでシュトックハウゼン聴きには、もちろん行けません。


 

2009年7月 1日 (水)

【動画】ブラームス:クラリネット三重奏曲

チェロのタチアナ・ヴァシリエヴァらと演奏するヌーブルジェです。

おそらく20歳前後の頃。

渋いブラームスに明るい伴奏。

出所は不明です。

(情報提供:まゆまおさん)

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