グールドの呪縛からの解放
グレン・グールドのピアノ演奏には魔力があります。
その魔力に多くの人が魅せられ、取り憑かれてしまう。
私はバッハは食わず嫌いであったため、長らくグールド熱に冒されることはありませんでした。
しかし、約3年ほど前、たまたまグールドの「未完のイタリアン・アルバム」を聴いたところからはまってしまいました。
そのアルバムには、J.S.バッハの曲ばかりでなく、バッハが編曲したものや、スカルラッティの曲なども含まれています。比較的短く旋律的でわかりやすい曲が多かったせいもありましょう、グールドの生気にあふれた溌剌とした演奏におおいに刺激を受け、その世界に一挙に引き込まれてしまいました。
以来、グールドのバッハを聴きあさりました。
グールドでバッハに目覚めたため、グールド以外でも、マルタ・アルゲリッチ、アンドラーシュ・シフ、スタニスラフ・ブーニン、スビャストラフ・リヒテル等々を聴いてみました。
わがヌーブルジェには、サントリーホールライブでのイギリス組曲の第2番の演奏があります。
しかし、グールドの、あの現代の完成されたピアノの特性をあえて無視するような、エキセントリックでインパクトのある表現に親しんでしまうと、CDで聴くかぎり他のピアニストの演奏が物足りなく感じてしまったものでした。
まさに、魔力に取り憑かれてしまったようです。
今回、ラ・フォル・ジュルネでバッハをライブで一挙に聴くという貴重な体験をしました。
しかも、一流のピアニストたちによる、現代のフルコンサートピアノを使用しての、モダンな演奏です。
ヌーブルジェは確固たる構築性を維持し、深いタッチによる緊張感とほのかな詩情をたたえたバッハを聴かせてくれました。
ケフェレックは叙情性溢れる洗練された演奏、そしてコロベイニコフはソフトグールドとでもいうような歯切れの良い演奏でした。
バッハには、まだまだいろいろな素晴らしい演奏の可能性があるのだ、ということを体験することができました。
ようやく、グレン・グールドの呪縛から解き放たれたようです。
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