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2009年2月23日 (月)

大阪フィル定期公演のヌーブルジェと大植英次のマーラー追記

ヌーブルジェの評判を探るため、当日の公演の鑑賞ブログをいろいろ探して読んでみました。
ところが、どうも読んでいくうち、あの日の公演はどうも大植英次のマーラーに完全に持って行かれてしまったことがわかってきました。

どうやら、相当珍しい出来事に遭遇していたようです。

ヌーブルジェを良く知った人、あるいは、ヌーブルジェを聴きにきていた人というのは、どうも、ブログを書いている人たちの中にはほとんどいなくて、まだまだヌーブルジェはマイナーな存在なのだなあ、ということが良くわかりました。
それだけに、発見発見と言って、一人悦に入っているわけですが。

やはり皆さんの印象は、控えめで優しく、センスは良い、といった感じが多いようです。
ショパンの演奏を知っていたら、あのモーツァルトは解釈なのだ、というのがわかるのですが。
内省的で感銘をうけた、という、ファンにとっては嬉しい感想もありました。
まさに、そういう線を今回ねらったのだと思います。

また、ドビュシーは、モーツァルト以上に良かったという感想が多いです。
さすがフランス人、と、まあ短絡的に結びつけてる方も多いですが、彼の音楽はフランスものだけには収まらないと思います。

オケとのかねあいでは、合っていたという意見と、ちと不自由そうだったという意見もあったりします。
私はどうもオケはよくわからないので、このあたり、これからもっと聴きこまないといけないなあと反省しています。

いずれにしても、否定的な感想はほとんどなく、やはり彼の才能は誰が聴いても感じるのでしょう。
比較的地味だった今回の演奏でも、ある程度印象を残した、ということでしょうか。

さて、問題のマーラーです。

素人の特権で、私はあの演奏がそんなに普通より長かったとも知らなかったし、変わった解釈であったこともわかりませんでした。
初めて聴く曲で、しかも長くて大変ではありましたが、そう退屈でなかったことは確かです。

曲の遅い、早いだけに関していえば、ピアノの世界においても、過去物議を醸した演奏というのはいくつかあります。
例えば、グレン・グールドがバーンスタインと競演したブラームスの第1コンチェルト。
これは、バーンスタインが、公演の前に聴衆に「これから変わった演奏をします」とスピーチをしたことで有名なものです。
グレン・グールドの演奏が異常に遅く、バーンスタインがしぶしぶ従った、といういわくつきの演奏です。

ところが、今、その演奏を聴いてみると、少なくとも私には全く違和感がありません。

なぜなら、後年、クリスチャン・ツィメルマンがバーンスタインと演奏した同曲も相当遅い。
遅いながらも音楽が崩れていない。
グールドの演奏も同じく、遅いといっても、音楽が崩れているとは思えない。

要は遅い、早いよりも、音楽になっているか、なっていないか、だということですね。
先入観にとらわれ、演奏に予断をもっていると、それが裏切られた場合、受け入れがたいということはあるかもしれません。特によく知った曲の場合はそうです。

今回のマーラーが、壊れていたのか、狂気なのか、私には判断できかねますが、ブログで批判する方が多い一方、当日、相当盛り上がっていたことも確かです。
この評価は、もう少し時間が経つと固まってくるのかもしれませんね。

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