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2009年2月の29件の記事

2009年2月28日 (土)

進化するヌーブルジェ~バッハ演奏から

先日、イギリス組曲第2番のプレリュードを演奏するヌーブルジェの動画を掲載しました。2009年1月に本場ナントの「ラ・フォル・ジュルネ」において、作成された動画のようです。

バッハに関しては、この前の記事で紹介したCDで、2005年(19歳)のときの「半音階的幻想曲とフーガ」の演奏がまずあります。

次に、いずれ紹介することになるCDで、2007年(21歳)のときの日本のサントリーホールでのライブ録音「イギリス組曲第2番」があります。

そして、今回2009年、動画で最近の演奏が見られたわけです。

この4年くらいの間に、すでにヌーブルジェの変化が見て取れます。進化と言って良いのではないでしょうか。

「半音階的」の頃は、ショパンのようなのりで流麗に柔和にバッハを弾いているような感がありました。

「サントリーホール」では、タッチが確信に満ちた感じに変わり、インテンポで推進力を中心に据えた演奏となっています。

そして、今回の動画では、ピアノをプレイエルとし、響きを抑え古典的均整のとれた演奏としています。「サントリー」と同じ曲ながら、スピードをやや抑え、ピアニスティックな感じを敢えて抑えているようです。

相当深い解釈していると思われるヌーブルジェのことですから、バッハ演奏も年ごとに研究して、奏法を変えてきているのだと思います。

順調に成長・進化しつつあるなぁと、ファンとしては嬉しい限りです。

今年の東京でのラ・フォル・ジュルネにおけるバッハ演奏も、どんなアプローチが見られるのか、今からたいへん楽しみになってきました。

2009年2月27日 (金)

J.S. バッハ:半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV 903~オーヴェル・シュル・オワーズ音楽祭2005年ライヴ 【CD聴記6】

【2曲目@CD2】

J.S. バッハ:半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV 903
からフーガ

レガートを基調とした流麗な演奏です。
軽快な推進力があります。
かっちり弾いていますが、ペダルはかなり多用して響かせています。
ロマン的演奏というべきものでしょうか。
演奏時間は4:38
かなり早いです。

幻想曲と併せて全体としては、若く明るく健康な雰囲気です。
自由な曲想なので、これはこれで良いのかもしれません。
何せ、この時19歳、つまり大学1年生くらいが弾いているわけです。

10年後20年後に、どう変化していくのかが楽しみです。

以下、聴き比べです。

アルフレッド・ブレンデル

ゆっくり落ち着いたなテンポです。
演奏時間は5:45
インテンポで端正な、まさに古典的といえる演奏でしょう。
レガートとノンレガートを明確に弾きわけています。
やはり知性を感じさせます。
音色は柔らかく詩情も十分あります。

全体では、知性と詩情のバランスのとれた、さすがと言える演奏だと思います。

アンドラーシュ・シフ

やや早めのテンポで、おそらくペダルは控えめにして、スタッカートを多用しています。
ところがそのわりに、ややリズム感にかけます。
かなりルバートもしていて、音楽の自然な流れが停滞した感じに聞こえるところもあります。
演奏時間は4:44

全体では、幻想曲は華麗なものの、フーガが端正をやや欠き、バランス的にはどうかと思います。
ベーゼンドルファーを操る音色が大変美しいので、フーガあたりは妙に作り込まなくても淡々と弾くので十分のような気がします。

グレン・グールド

なぜか、グールドはこのフーガの演奏を残していません。
何故なのでしょうか?誠に残念としか言いようがありません。

そのため、グールド的アプローチでこの曲を弾く余地が残されていることになります

2009年2月26日 (木)

J.S. バッハ:半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV 903~オーヴェル・シュル・オワーズ音楽祭2005年ライヴ 【CD聴記5】

【1曲目@CD2】

J.S. バッハ:半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV 903
から半音階的幻想曲

流麗かつロマンティックな演奏です。かなり音を響かせ、明るい幻想曲に仕上がっています。若さあふれる演奏といえるでしょうか。グールドのデモーニッシュな演奏とは対局にあるような演奏です。

アルペジオは比較的普通に弾いています。もう少し工夫の余地があるかもしれません。終結部は消えゆく感じではなく、逞しく弾いています。終止の音は、普通の和音です。このあたりも、諸先輩はいろいろと工夫しています。

ショパンについては、すでに相当の完成度があって過去の巨匠達と比べても遜色ないヌーブルジェですが、バッハに関してはこれからまだまだ表現を深める余地があるような気がします。

例によって、他のピアニストと聴き比べてみます。

グレン・グールド

異常に緊張感あふれた、凄まじい演奏です。ペダルをほとんど使用していないと思われます。スケールの途中で一瞬止まったり、アルペジオの前に1回和音を弾いたり、楽譜を見ていると、なぜ?というような弾き方が随所にあるのですが、音楽としては全く違和感がなく、圧倒的な迫力で迫ってきます。

アルペジオも全部上下するのではなく、上下したあとは上行して止め、というような弾き方をして緊張感を高めています。
ほとんどスタッカートに近いノンレガートを多用しつつも、音楽が軽くなりません。

空前絶後の悪魔的演奏。こういう演奏をするピアニストはもう出ないでしょう。

アルフレッド・ブレンデル

知的で抑制のきいた演奏です。線はやや細め。ペダルはかなり響かせています。最初のアルペジオではバスの音を追加することで厚みを増しています。終結部は徐々に速度を落とし、死んだように終わるのが印象的です。

アンドラーシュ・シフ

全体的にじっくりと細部を聴かせる演奏です。ペダルはそんなに使っていない気はしますが、音はよく響いており、美音が際だっています。

アルペジオにたいへん工夫を凝らしています。単に上がって下がってでなく、上げ下げの途中に小さな上げ下げをいれてみたり(専門的には何か言いようがあるのでしょうか)、上から弾き下ろしてみたりと華麗です。

終結部は即興的なアレンジをしてます。終わり方も変わっています。

2009年2月25日 (水)

【動画】バッハ:イギリス組曲第2番「プレリュード」

2009年のナントの本場ラ・フォル・ジュルネにおいて制作されたと思われる動画です。

ヌーブルジェはプレイエルのピアノを弾いています。
音はチェンバロの様です。

【動画】ショパン:エチュードop.10-12「革命」

2008年のおそらくヨーロッパの音楽祭の映像です。
凄まじい革命です。

2009年2月24日 (火)

大阪フィル定期公演のヌーブルジェ 追記2

ヌーブルジェの演奏に関する批評が少ない中、とても文学的美文にあふれた長文で、先日の彼の演奏を好意的に批評しているサイトを見つけました。

「ザ・クラッシック評論」 by 小川榮太郎氏

なんだか、自分のことをほめられているようで、嬉しくなってしまったので、引用させていただきながら、私も感想を乗せてみたいと思います。
(ちなみに、歴史的仮名遣いを使用されている方なので、少々読みづらいかもしれません)

《ジュノム》は、おづおづと始まる。

いきなり掛け合いから始まる珍しい曲ですから、出だしは難しいでしょうね。
まず予断を持っていて、ピアノは絶対
「タ、ラッタン、タン、タラリラ、タン!タン!」とはっきり始まると思っていたのに、「ラ、リーラーラーン、ティリリララン、ラン」てな感じで始まったので、そこでもう「あれれ?」と思ったものでした。

テクニックが竝外れてゐるといふのは、このモーツァルトでは判別し難い。

確かに、モーツァルトをこのくらい弾けるピアニストはいくらでもいるでしょうね。
この曲からヌーブルジェの圧倒的なテクニックはなかなか見えてこないかもしれません。

トゥリルの納め方など、不器用だし、ピアノの音像もやゝ不安定な1樂章である。

どの辺が不器用だったのかは不明です。私はピアノの技術を聴き取ることに関しては、まあまあわかる方だと思っていますが、トリルに関してはわかりませんでした。
別の部分で、少し音が濁る場面は散見されましたが、致命的なものではなく、ライブにはこの程度はつきものだと思います。
ピアノの音像が不安定という感じはよくわかります。
弦とハンマーの間に一枚薄皮を挟んだような音だったと思います。

たゞ、何とも懷かしい、心の澄んだ歌聲のやうな高音を持つてゐる
單にリリックで清潔といふだけなら、さうしたピアニストは澤山ゐるだらう。ヌーブルジェの場合、音そのものが
情感の搖らぎを持つ本物の歌の氣配がする

いやー、良いことを素晴らしい表現で書いて下さいます。
彼の高音は大変澄み切って美しく、それでいて、明るさや寂しさ、いろいろなニュアンスを醸し出すことができます。

たどたどしくて、そして優しい、有愁のモーツァルト。巧いといふより、センシティブで、心に直かに響くピアノである。

今振り返ると、これが今回の演奏における、ヌーブルジェの狙いだったのでしょうね。
私はもっと直球型の、あっかるいモーツァルトになるのではないか、と大いなる予断を持っていたわけです。
それで、少しとまどっている部分がありました。
もっと早く、素直にヌーブルジェの音楽に耳を澄ませれば良かったと、反省しています。

どんなに歌ひ込んでも、感傷に澱まぬ響きの高さがある。音が宙に舞ひ、歎きは、やがて微笑と區別の付かぬ優しさに融けてゆきさうである。

これは第2楽章のことです。
カデンツァにおいて、ヌーブルジェはゆっくりと歌い上げるのですが、単に甘いだけでなく、幾分の緊張をはらんだ、極上の響きを表出しました。

3樂章に這入ると、ヌーブルジェのピアノは益々本領を發揮し始める。快調なピアニズムに向かふのではなく、寧ろ、音樂に内向するといふ意味での、本領である。

この批評には感服いたしました。
第3楽章で解放されるかと思っていた私の予断は、またまた崩れ去ったのでした。
もう、気がつけよ、ってとこだったのですね。

出だしの、沸騰する感じにさへ、手放しの明るさはない。リズムも音も、素晴しくデリケートで、しかし、神經質ではない。リズムで遊ぶ、その遊びの無心は、何と悲しいのだらう。駈出してみては、ふと、立ち止まる。一體、この音樂は何を思つて立ち止まるのか。それに、愉しいといふ事と愁ひとはそんなに違ふことなのだらうか。

いや、私もこんな感じを受けていたのだと思いますが、このような文学的な文章を書く能力がありません。
リズム感、そして間。
まさにこれがヌーブルジェの一つの特徴です。

今日のヌーブルジェのモーツァルトの、邪心のない自由

ヌーブルジェは、作曲家が若い時の作品を、自分が若いうちに若い感性で一度演奏しておこうという、計画でもあるのではないかと思われるような節があります。まったくの憶測ではありますが。
「邪心のない自由な演奏」というより「若い感性で考えぬいた演奏」という気がします。

それにしても、自分の文才のなさが情けないです。
小川氏のような文章が書けるよう、研鑽を積みたいものです。


2009年2月23日 (月)

大阪フィル定期公演のヌーブルジェと大植英次のマーラー追記

ヌーブルジェの評判を探るため、当日の公演の鑑賞ブログをいろいろ探して読んでみました。
ところが、どうも読んでいくうち、あの日の公演はどうも大植英次のマーラーに完全に持って行かれてしまったことがわかってきました。

どうやら、相当珍しい出来事に遭遇していたようです。

ヌーブルジェを良く知った人、あるいは、ヌーブルジェを聴きにきていた人というのは、どうも、ブログを書いている人たちの中にはほとんどいなくて、まだまだヌーブルジェはマイナーな存在なのだなあ、ということが良くわかりました。
それだけに、発見発見と言って、一人悦に入っているわけですが。

やはり皆さんの印象は、控えめで優しく、センスは良い、といった感じが多いようです。
ショパンの演奏を知っていたら、あのモーツァルトは解釈なのだ、というのがわかるのですが。
内省的で感銘をうけた、という、ファンにとっては嬉しい感想もありました。
まさに、そういう線を今回ねらったのだと思います。

また、ドビュシーは、モーツァルト以上に良かったという感想が多いです。
さすがフランス人、と、まあ短絡的に結びつけてる方も多いですが、彼の音楽はフランスものだけには収まらないと思います。

オケとのかねあいでは、合っていたという意見と、ちと不自由そうだったという意見もあったりします。
私はどうもオケはよくわからないので、このあたり、これからもっと聴きこまないといけないなあと反省しています。

いずれにしても、否定的な感想はほとんどなく、やはり彼の才能は誰が聴いても感じるのでしょう。
比較的地味だった今回の演奏でも、ある程度印象を残した、ということでしょうか。

さて、問題のマーラーです。

素人の特権で、私はあの演奏がそんなに普通より長かったとも知らなかったし、変わった解釈であったこともわかりませんでした。
初めて聴く曲で、しかも長くて大変ではありましたが、そう退屈でなかったことは確かです。

曲の遅い、早いだけに関していえば、ピアノの世界においても、過去物議を醸した演奏というのはいくつかあります。
例えば、グレン・グールドがバーンスタインと競演したブラームスの第1コンチェルト。
これは、バーンスタインが、公演の前に聴衆に「これから変わった演奏をします」とスピーチをしたことで有名なものです。
グレン・グールドの演奏が異常に遅く、バーンスタインがしぶしぶ従った、といういわくつきの演奏です。

ところが、今、その演奏を聴いてみると、少なくとも私には全く違和感がありません。

なぜなら、後年、クリスチャン・ツィメルマンがバーンスタインと演奏した同曲も相当遅い。
遅いながらも音楽が崩れていない。
グールドの演奏も同じく、遅いといっても、音楽が崩れているとは思えない。

要は遅い、早いよりも、音楽になっているか、なっていないか、だということですね。
先入観にとらわれ、演奏に予断をもっていると、それが裏切られた場合、受け入れがたいということはあるかもしれません。特によく知った曲の場合はそうです。

今回のマーラーが、壊れていたのか、狂気なのか、私には判断できかねますが、ブログで批判する方が多い一方、当日、相当盛り上がっていたことも確かです。
この評価は、もう少し時間が経つと固まってくるのかもしれませんね。

2009年2月22日 (日)

ヌーブルジェ・リサイタル@ラ・フォル・ジュルネ(2009/5/4)【情報2】

【公演日時】
 2009年5月4日(月)
 午前9:30~10:15

【会場】
 東京国際フォーラム/ホールD7

【プログラム】
 1.J.S.バッハ:幻想曲 ハ短調 BWV906
  2.J.S.バッハ:ソナタ ハ長調 BWV966
  3.J.S.バッハ:トッカータ ト長調 BWV916
  4.J.S.バッハ:カプリッチョ 変ロ長調
    
「最愛の兄の旅立ちにあたって」 BWV992
  5.J.S.バッハ:トッカータ ホ短調 BWV914

【出演】
 ピアノ:ジャン=フレデリック・ヌーブルジェ

【聴き所】
 この公演はバッハのオリジナル曲です。
 渋めの選曲ですねえ。ヌーブルジェらしい。
 これをまた、素敵に弾いてしまうのでしょうか。

ヌーブルジェ・リサイタル@ラ・フォル・ジュルネ(2009/5/4)【情報1】

【公演日時】
 2009年5月4日(月)
 午後7:15~8:00

【会場】
 東京国際フォーラム/ホールG409

【プログラム】
 1.ブクステフーデ/プロコフィエフ:
   前奏曲とフーガ ニ短調 BuxWV140
 2.J.S. バッハ/ブゾーニ:
   コラール前奏曲「いざ来たれ、異教徒の救い主よ」BWV659
 3.J.S. バッハ/ブゾーニ:
   コラール前奏曲「今ぞ喜べ、愛するキリスト者の仲間たちよ」BWV734
 4.J.S. バッハ/ブラームス:
   「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第2番 ニ短調 BWV1004」よりシャコンヌ
 5.J.S. バッハ/フェインベルク:
   「トリオ・ソナタ第5番BWV529」よりラルゴ イ短調
 6.J.S. バッハ/ヌーブルジェ:
   「ミサ曲 ロ短調 BWV232」よりキリエ・エレイソン

【出演】
 ピアノ:ジャン=フレデリック・ヌーブルジェ

【聴き所】
 バッハのトランスクリプションのオンパレードです。
 ヌーブルジェ自身の編曲もありますね。
 バッハが他の作曲家を経て、さらにヌーブルジェを経て、どう蘇るか

ショパン:序奏とボレロ イ長調op.19~「オーヴェル・シュル・オワーズ音楽祭2005年ライヴ」【CD聴記4】

【8曲目】
ショパン:フーガ イ短調

ショパン17歳の時の習作か、31歳~32歳の頃に弟子のためにかかれた曲とされています。習作か、円熟期の作品か区別がつかない、というところがショパンがいかに早熟な天才であったかがわかります。
ショパンはバッハから多大な影響を受けたと言われていますが、「フーガ」と銘打っている曲はこの曲だけです。

演奏されたり、CDに録音されたりする機会はほとんどないのではないのでしょうか?
私も、昨年秋のル・ジュルナル・ド・ショパンでヌーブルジェの演奏で初めて知りました。
この録音は、日本での演奏に先立つ3年も前のライブです。
基本的には、先日の日本での演奏と変わっていないようです。
ゆっくりとフーガの構造を表現しています。
しかし、いかんせん、地味な曲です。

アシュケナージのCDを聴いてみましたが、こちらはかなりの速度でさっさか弾いていました。余計味気ない感じですね。

【9曲目】
ショパン:序奏とボレロ イ長調op.19

ショパン23歳の時の作品。この頃にはもうエチュードop.10やら、スケルツォ第1番を作曲しています。
ボレロというより、ほとんどポロネーズですね。
やや、外面的効果をねらったような曲で、それほど名曲とも思えません。
実際、これも演奏会では今までお目にかかったことはなく、やはりル・ジュルナル・ド・ショパンで初めて聴きました。

ヌーブルジェの演奏は大変楽しく聴かせます。
アンダンテ・スピアナートと華麗なポロネーズと同じですね。それほどでない曲を、名曲に仕立て上げてしまします。
何度も現れるボレロ(ポロネーズ?)のテーマは、1回聴いただけで覚えてしまいました。
3年前の録音ですが、基本的には変わっていません。
生で聴いたせいかもしれませんが、昨年の演奏の方がより生き生きしていたような気がします。

【10曲目】
ショパン:コントルダンス 変ト長調

ショパン17歳の時の習作。田舎風舞曲という意味らしいです。
短くて、音楽は優しく、技巧的にも優しそう。
演奏会で弾くピアニストはほとんどいないのでは。

ヌーブルジェは、ややタッチをソフトにし、リズム感よく優しくリラックスして弾いています。
ライブ前半のアンコールみたいなものだったのでしょう。

2009年2月20日 (金)

ヌーブルジェ・リサイタル@サントリーホール(2009/6/20)【情報】

【公演日】
 2009年6月20日(土) 午後7時開演

【会場】
 サントリーホール(大ホール)

【プログラム】
 
バッハ/ブラームス:左手のための「シャコンヌ」
 ブラームス:ピアノ・ソナタ第2番 嬰へ短調 op.2

 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第29番 変ロ長調 op.106
            「ハンマークラヴィーア」

【出演】
 ピアノ:ジャン・フレデリック・ヌーブルジェ

【聴きどころ】
 本邦2度目のリサイタルです。
 2007年の初リサイタルではバッハ、ショパン、ラベル、リストと「
何でも弾けます」といった構成でした。

 今回はドイツ3Bです。
 
「こっち方面もいけるんです」ということでしょうか。
 選曲が全くミーハーでありません。
 自信の表れなのか、長期的な戦略なのか。
 ピアノ好きとしては、大変嬉しいことです。

 注目はなんといっても「ハンマークラヴィーア」 ソナタでしょう。
 あの長大で難解なソナタを、どう表現するのか、興味がつきません。
 第3楽章のアダージョは、相当深淵な解釈が期待できます。

 第4楽章のフーガは、前回のイギリス組曲のように、疾風怒濤で駆け抜けるのでしょうか?
 
 

2009年2月19日 (木)

NHK交響楽団定期公演(ヌーブルジェ出演)(2009/6/12~13) 【情報】

【公演日】

 2009年6月12日(金) 午後7時開演

 2009年6月13日(土) 午後3時開演

【会場】
 NHKホール

【プログラム】
 ベートーヴェン / ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調 作品15

 メンデルスゾーン / 劇音楽「夏の夜の夢」作品61(全曲)

【出演】
 指揮|準・メルクル

 ピアノ|ジャン・フレデリック・ヌーブルジェ
 ソプラノ|半田美和子
 メゾ・ソプラノ|加納悦子
 合唱|東京音楽大学

【聴きどころ】
 5番でも、3番でも、4番でもなく、1番を弾くところに、ヌーブルジェの壮大な計画を感じます。

 大阪フィルとのモーツァルトは、ソフトなタッチで弾きましたが、ベートーヴェンはどのように弾くのか、楽しみです。

2009年2月18日 (水)

ショパン:ノクターン第19番ホ短調op.72-1~「オーヴェル・シュル・オワーズ音楽祭2005年ライヴ」【CD聴記3】

コンサートの鑑賞記事がはさまりました。
再び、CD聴記に戻ります。

【7曲目】

ショパン:ノクターン第19番ホ短調op.72-1

作品番号は多いですが、ショパン17歳のときの、初期の作品です。
俗に19番とされていますが、本当は1番ですね。
にもかかわらず、ショパンらしさがすでに完成しています。
晩年の曲と言われても、わからないかもしれません。

ヌーブルジェは、これもゆっくり歌わせます。
クリアな音質だが、決して軽くならず、大切に大切に。
左手の伴奏を妙にこねくり回さず、しっかりとリズムを保っています。
クレシェンドは比較的激しく。
23小節目からの新しい主題は、がらっと雰囲気を変える。
最初の主題の再現では、気持ちスピードアップし、華麗なアレンジ。
47小節目からの第2主題の再現は夢見心地に。
終結は微妙に音色を変えています。
これがcalandoということなのでしょうか。
おそるべき19歳ですね。
どういう人生を送ってくると、19歳でこの境地に到達するのでしょうか?

この曲は手元にたくさんありますので、聴きくらべてみました。
演奏時間の遅い順です。

ヒューイット 4:35
  21番はあんなに早かったのに、
  この曲は一番遅いです!
  しかも、左手はしっかりリズムを
  キープしてゆらしていません。
  この違いは何なのでしょうか?
  遅いですが、緊張感があり劇的でも
  あり、飽きさせない良い演奏だと
  思います。

バレンボイム 4:23
  21番と同様、華美を廃し、ペダルも
  控えめ、線の細い演奏です。
  ショパンの若いときの作品ですから、
  もう少し華があっても良いのでは。

アシュケナージ 4:19
  やっぱ、まあ普通かな、という演奏。
  小節ごとに、息をいれるように、
  ちょっと左手のリズムを止めるのが
  気になります。

ヌーブルジェ 4:15
  彼だけ聴いていると、相当ゆっくりに
  感じましたが、この曲は皆ゆっくり
  弾く傾向があるようです。

ポリーニ  3:35
  図抜けて早い!
  若い頃の作品だから、さらっとで
  良いのだよ、と言いたいのでしょうか。
  往年の切れ味はなく、ペダルで相当
  響かせています。

ついでに、楽譜見ながら聴いてみたので、その感想などを。
楽譜は現在ショパンコンクールの公式楽譜となっている、エキエル版(ナショナルエディション)です。
この最新の楽譜通りに弾いている奏者はあまりいませんでした。
例えば、31小節目の第1主題の再現の音の前に前打音が2つあります。(ひとつは30小節目の最後に書いてあります)
この30小節目の前打音を、ヌーブルジェとアシュケナージは弾いていません。

47小節目の第2主題の再現のところでは、2つめの2分音符の前に前打音がついていませんが、バレンボイムとヒューイットは前打音を付加して弾いています。

ここの2点に関しては、ポリーニだけが、エキエル版のとおりということですね。

23小節目から、気分の変わった近代的な響きのする第2主題が登場しますが、ここに、aspiratamente という、あまり目にしない用語が登場します。
音楽用語集にもほとんど載っていません。
英語の解説をやっとみつけたところ、どうやら、「息をはくように、なめらかに」といったような意味があることがわかりました。

終止部の calando は、ゆっくりと音を小さくしていくわけですが、同じような意味の用語に smorzando とか、morendo とかあるのですね。
どういうニュアンスかは、プロの方に一度うかがってみたいものです。

私なりに調べた理解だと、
  calando は柔らかく終わっていく感じ。 
  smorzando は、静かに消えゆく感じ。
  morendo は、死んでしまうようにという感じ。
だったのですが、真偽のほどは、よくわかりません。

静寂の美~大阪フィル定期公演&ヌーブルジェ鑑賞記

ヌーブルジェがコンチェルトのソリストとなるコンサートを先ほどまでサントリーホールで聴いてきました。

今回の収穫は「静寂の美」を体験できたことです。
貴重な体験を今日は2回も経験しました。

最初はヌーブルジェがアンコールでドビュッシーの「月の光」を弾き終わったとき。
2度目は、大植英次が大阪フィルでアンコールでチャイコフスキーの組曲第4番「祈り」を振り終わったとき。

ヌーブルジェのドビュッシーはそれは美しいものでした。

モーツァルトとは明らかにタッチが違います。モーツァルトはソフトな優しいタッチだったのに、今度は透明感あるソリッドな音に変えてきました。指の格好が良く見えました。ドビュッシーでは指関節を伸ばして弾いていました。

特に弱音は、消えるか消えないかぎりぎりの絶妙なタッチで、美音の極地でした。

ヌーブルジェは「月の光」最後の音を弾き終わると、そっと力を抜き手の位置は保ったまま。
音の余韻がかすかに響きます。聴衆はまだ息を殺しています。
余韻が完全になくなり、音が途絶えてもヌーブルジェはまだ微動だにしません。
聴衆の息が止まり、完全な静寂が訪れました。ヌーブルジェと聴衆の思いがひとつになった瞬間でした。
実際は10秒もなかったと思いますが、体感では15秒くらいにも感じます。
ヌーブルジェが手をおろし、そこで、やっと大きな拍手。
感動的でした。

大植英次はマーラーで完全燃焼した後、チャイコフスキーをそっと振り出しました。
この時、私はチャイコフスキーとは知らず。
メロディーは、モーツァルトの歌曲「アヴェ・ヴェルム・コルプス」そのものでしたので、それの編曲ものなのだろうか?などど。
原曲の雰囲気をほぼ保った、静かで厳かな曲です。

そして、これまた静かに終わり、大植英次は手を止め、音楽もしばしの余韻を残して消えますが、まだ手はあがったまま。
聴衆は、またまた息をひそめています。
5秒、10秒、大植英次がゆっくり、ゆっくり手を下げていきます。
その間、完全な静寂が続きます。
聴衆の息が止まります。
今度は本当に15秒くらいあったのではないでしょうか、完全に脱力して手が下がりきったところで、大きな拍手の渦が巻き起こりました。

静寂もまた音楽の一部なのだということを体感することができました。

いきなり、アンコールの話をしてしまいました。
本プログラムも実にすばらしいものでした。

ヌーブルジェが弾いたモーツァルトのピアノ協奏曲第9番「ジュノム」は、モーツァルトの初期の名作です。
透明で明るく、キレのある演奏を予想していました。
しかし、予想ははずれました。
柔らかく優しく、ロマンティックなモーツァルトでした。

3楽章など、リズム感に溢れた、はじける演奏かと思っていたのですが、これもソフトで流麗といった趣。その点は少し拍子ぬけではあったのですが、第2楽章や、第3楽章のメヌエットなどの、ゆっくりした部分のソロが実に情感たっぷりで素晴らしかったです。

特に第2楽章のカデンツァは、少し音をクリアにして、ゆっくり、しっとりと、彼特有の「間」を大事にした演奏です。
カデンツァから、オケに引き渡す直前のハーフタッチのトリルの美しさといったら、この世のものではないような美しさでした。

案の定、このあたりで泣きです。

指揮の大植英次は、ヌーブルジェがソロの時も、上からのぞき込むように注視し、音楽の雰囲気に合わせて、顔の表情を千変万化させたものです。
心から音楽を楽しんでいるのが感じられました。
ヌーブルジェとの息もぴったり。
こちらも弦の弱音が美しい、ソフトな伴奏でした。

プログラム後半のマーラー交響曲第5番は、私は初めての曲でした。マーラー自体初めてです。そもそも、交響曲自体、あまり聴かない人です。
なので、感想は多分に初心者的です。

長くて持つだろうか?という不安をよそに、出だしから身を乗り出すくらい楽しく、結構集中して聴くことができました。

大植英次は、かなりオーバーアクションですが、素人目には実にわかりやすい指揮で、オーケストラが彼の身振りや、表情そのままの表現をするので、一体感があって、とても良かったと思います。指揮者を1度やったらやめられないと言いますが、こんなに自在に操れるなら、そうなのだろうな、と思わせるような一体感でした。

それにしても、こんなに情感たっぷりな指揮者はなかなかいないのではないでしょうか。
交響曲になじみのない者としては、十分楽しめました。
ただし、ピアノの場合、オーバーアクションのピアニストは、あまり感心しないことが多いので、その点、気になるところです。

とにかく、さすがに長くて疲労困憊でした。

音楽は複雑なので、1回聴いたきりでは、とても覚えきれません。
いったいテーマがいくつ出てくることやら、って感じでした。

気に入ったのは、第3楽章の大植が踊っていたスケルツォや、第4楽章のハープが美しい静かな演奏、第5楽章の華やかな演奏などでしょうか。

聴衆もみるからに楽しそうに、笑みを浮かべて聴いている人が何人もいて、とても良い雰囲気でした。終わると、ヌーブルジェの時以上に沸き、ブラボーの嵐でした。

(後で知ったことですが、この演奏は通常の演奏よりとてつもなく遅く、マーラー通の方々の間では賛否渦巻いているようです)

ちなみに、このコンサートの模様は、4月26日(日)にスカイパーフェクトTVの「クラシカ・ジャパン」で放映される予定です。

2009年2月16日 (月)

アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ 変ホ長調op.22~「オーヴェル・シュル・オワーズ音楽祭2005年ライヴ」【CD聴記2】

【4曲目】

ショパン:3つのエコセーズop.72-3(ニ長調、ト長調、変ニ長調)

ショパンの16歳の時の作品と言われていますが、内容が充実しているので、もっと後年の作品という説もあります。

ほとんどCDには収められていないのでは。
コンサートで弾かれるとしたら、アンコールでしょう。

聴いてみると、大変楽しい曲です。ショパンらしさ満載で、躍動感に溢れています。ヌーブルジェのブリリアントな音色、キレのよいタッチにまことに良くあっています。

【5曲目】

ショパン:ワルツ第17番変ホ長調「ソステヌート」(遺作)

ショパン20歳の頃の作品。ちと変わったワルツです。
あんまり記憶にないのですが、聴いたことはあったようです。

ヌーブルジェはゆっくりと、インテンポで「ズン、チャッ、チャッ」と優雅に弾きます。およそワルツっぽく感じません。
こういう曲なのだ、と思って聴けば、悪くないです。

そう言えば、ル・ジュルナル・ド・ショパンで弾いたワルツもワルツっぽくなかったですね。

敢えてそういう解釈なのでしょうか。

手元にジャン=マルク・ルイサダの演奏がありました。
こちらは、きちんとワルツになっていました。

【6曲目】

ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ 変ホ長調op.22

一応、ショパン初期の頃の名作ということになってます。(ポロネーズが21歳、アンダンテが24歳)

映画「戦場のピアニスト」でも、戦後の演奏会で主人公シュピルマンが弾いていたような覚えがあります。

確かに、アンダンテ・スピアナートは美しいです。ポロネーズも、絢爛豪華で弾き映えがする曲です。
ですが、私は今までどうもこの曲はピンときませんでした。というより、はっきり言って好きではありませんでした。

くどいのですよね。装飾もうるさい。ポロネーズの終結部、もう終わりと思ってからの長いこと長いこと。

楽譜で確認すると、終結部のソロに入ってから、ページにして4ページちょっと、小節にして58小節、演奏時間にして約1分半以上もコーダ的演奏が続くのです。
極めつけは、最後の最後のアルペジオが、上がって下がってを5回も繰り返します。シューベルトの終わり方もじれったいですが、良い勝負です。

というわけで、何度もこの曲に接してはいるものの、最初から最後まで集中して聴いた記憶があまりありません。

ところが、ところがです!

このヌーブルジェの演奏を聴くと、アンダンテ・スピアナートの出だしの右手の甘く美しいメロディからぐいと引き込まれ、ポロネーズに入ると、軽快なリズム、美しくキレのある音、そして豪快なフォルテに、目くるめくようで、全く飽きることなく、最後まで集中できたのでした。

いやー、良い曲だったのですねぇ。あっという間に宗旨替えです。

この曲の他のピアニストのCDは今手元にはなく、LP(古い!)やライブで何回か聴いたきりですが、この曲に関する、これはベスト盤と言っても、言い過ぎではないくらい、素晴らしい演奏でした。

ショパン:ノクターン ハ短調(遺作:21番)~「オーヴェル・シュル・オワーズ音楽祭2005年ライヴ」【CD聴記1】

ヌーブルジェ19歳(たぶん)の時のライヴCDから、聴記を綴ってみます。

ディスク1は、オールショパンプログラムです。

しかし、どちらかというと、マイナーな曲ばかり。私の知らない曲も多いです。

「こういう曲でも素敵に弾けるんだぞ」というヌーブルジェのメッセージが込められているのかもしれません。

【1曲目】

ショパン:エロールの「ルドヴィク」のロンド・ファヴォリ「私は僧衣を売る」による華麗なる変奏曲 変ロ長調op.12

全く聴いたことなかったです。

ショパン23歳の時の作品。変奏曲の中では傑作ということになっているそうです。

1回聴いてのインパクトはあまりなかったです。もう少し聴きこみが必要ですね。

【2曲目】

ショパン:タランテッラ 変イ長調op.43

ショパンが31歳の時の作品。

またもや聴いたことがありませんでした。

同時期にはバラード3番や、ポロネーズ5番、幻想曲などの名曲があります。

さすがに、曲は充実しています。初めて聴いても楽しめます。

ヌーブルジェのテクニックの凄さがわかります。

本当にライヴなんだろうかと思ってしまいます。

アシュケナージで同じ曲を聴いてみましたが、もう、断然ヌーブルジェの演奏の方が楽しいです。

【3曲目】

ショパン:ノクターン ハ短調(遺作)

ショパン38歳、晩年の作品(死の前年)です。

俗にノクターン第21番とされています。

健康を害し、創作意欲も衰えていた頃で、あまり曲の体をなしていないと言われているようです。

楽譜を見てみると、スラーはかけてあるのでフレージングはわかります。しかし、強弱記号がまったくなく、つまりディナーミクは不明。

和声的には変化がありますが、のっぺりしていて、つまらない曲だなあ、と以前は思っていましたが、ヌーブルジェで聴くと、これが非常に良い。

ゆっくり目のテンポ。2小節ずつの会話のようにヌーブルジェは弾きます。問いかけはクレシェンド、応答はピアノ。8小節目からの2度目のテーマでは、弱音ペダルを使って変化をつけ、のっぺりしないように考えています。

16小節目のドの音など、あえぐようです。

哀愁があって、泣ける演奏です。

ショパンらしい、あでやかさの片鱗もありながら、全体としては黄昏ている。しみじみします。

この曲の他の演奏を聴いてみました。

ダニエル・バレンボイム:

すっきりした音で、ゆっくり、たんたんと。

あでやかさも廃し、もう死んでしまいそうな演奏です。

ウラディーミル・アシュケナージ:

何事も中庸です。ちと元気よく鳴らしすぎでは。

明るく感じてしまいます。

アンジェラ・ヒューイット:

どうしてそんなに急ぐのですか?

おまけに、テンポを伸び縮みさせ。

何らかの意図なんでしょうが、あまりピンときませんでした。

演奏時間を比較してみました。

ヌーブルジェ    3'39"

バレンボイム   3'25"

アシュケナージ 3'03"

ヒューイット    2'46"

ヌーブルジェは相当ゆっくりですが、変化があるので飽きません。むしろ、たんたんと弾いているバレンボイムの方が、遅くてつまんないと感じてしまいます。

ヒューイットとヌーブルジェはたかだか3分程度の曲で1分近い差があります。こうなると、同じ曲には聞こえません。

2009年2月15日 (日)

「オーヴァル・シュル・オワーズ音楽祭2005年ライヴ」【CD紹介】

Chopin: Danses, Nocturnes, Variations brillantes/Jean-Frederic Neuburger (2CD)[Import] (オーヴェル・シュル・オワーズ音楽祭2005年ライヴ)

買ったきっかけ:
ル・ジュルナル・ド・ショパンの会場で買いました。

感想:
なんと当時19歳にもかかわらず、非常に高い完成度です。
そして、プログラムの意欲的なこと!
ショパンは超名作を避け、自分の年齢を意識したのか、若さが似合う曲が多いです。
ディスク2には、なんとドイツ3Bです。
しかも、ベートヴェンとブラームスは晩年の作品。

演奏も対比を鮮明に出しますが、プログラムから対比を考えているのは明白です。

1曲たりとも飽きずに聴けました。

おすすめポイント:
若さあふれる鮮烈な演奏がおすすめです。
抜群のテクニックと、深い表現力。
有名ながら、どちらかというと外面的でくどい「アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ」が、実に素晴らしい!この曲のベスト盤と言って過言ではないのではないでしょうか。
もちろん、他の曲もすべて一聴の価値があります。

Chopin: Danses, Nocturnes, Variations brillantes/Jean-Frederic Neuburger (2CD)[Import] (オーヴェル・シュル・オワーズ音楽祭2005年ライヴ)

アーティスト:Jean-Frederic Neuburger (ジャン=フレデリック・ヌーブルジェ)

Chopin: Danses, Nocturnes, Variations brillantes/Jean-Frederic Neuburger (2CD)[Import] (オーヴェル・シュル・オワーズ音楽祭2005年ライヴ)

2009年2月14日 (土)

大阪フィル定期演奏会(2009年2月17日)情報

公演日:2009年2月17日(火)

開演:19:00

会場:サントリーホール(大ホール)

出演:大植英次(指揮)/ジャン=フレデリック・ヌーブルジェ(ピアノ)

   /大阪フィルハーモニー交響楽団

曲目:モーツァルト:ピアノ協奏曲 第9番 変ホ長調「ジュノム」K.271

    マーラー:交響曲 第5番 嬰ハ短調

聴き所:

ヌーブルジェがモーツァルトを弾くのは2006年のラ・フォルジュルネ以来のようです。

モーツァルトの初期の名作「ジュノムコンチェルト」は、ヌーブルジェの音色にピッタリでしょう。

第2楽章で泣けるかもしれません。

ル・ジュルナル・ド・ショパン~NO.14「告別のマズルカ」

4日間に渡るイベントもいよいよ最後のコンサートとなりました。

幻想ポロネーズを除いては、ショパンの吐息のような作品ばかりです。

ヌーブルジェの出番はもうありません。

バル=シャイは、マズルカがお似合いでした。

今回、マズルカ賞でしょう。

ただし、ライブは耳だけでなく、目でも聴くものなので、もう少し弾く姿を美しくしてほしいものです。

ポロネーズ賞はもちろん、ヌーブルジェです。

ジュジアーノのワルツはいけませんね。

エル=バシャのマズルカもイマイチです。

この2人、タイプが似ています。

奇をてらわない、まじめ、かっつり、音は小さく優しい。

構成感のある曲はともかく、小曲はどうでしょうか。

照明が落ちてコンサートが終わる趣向も悪いとは言いませんが、なんだか尻すぼみで寂しかったです。

けれども、とにかく2日間で10ものレベルの高いコンサートを、安い値段で聴けて、大変貴重な体験ができ、嬉しく思います。

エル=バシャとルネ・マルタンには感謝感謝です。

2009年2月13日 (金)

ル・ジュルナル・ド・ショパン~NO.13「孤高の調べ」

ヌーブルジェが終わってしまったので、興味は半減しましたが、曲は最高のものが揃っているので、気を取り直して聴きました。

この公演でも、子守歌と舟歌を演奏したケフェレックが素晴らしかったです。

子守歌など、まるでラベルのよう。どこからあんな音が、というほど、珠玉のような音でした。

とにかく、ケフェレックは情感に溢れ、艶があります。良い意味の女流らしさがあります。

今後、ケフェレックも聴き続けたいピアニストの一人になりました。

ジュジアーノにマズルカは似合いません。

児玉桃さんの第3ソナタも、残念ながら、私は好きになれませんでした。

音楽性はともかく、児玉桃さんは、音の出し方に致命的にまずい部分があるように感じました。

その雑音が気になって、音楽どころではなくなってしまうのです。

素人のくせに、プロに対して誠に失礼かとは思いますが、耳がそう感じてしまいます。

ル・ジュルナル・ド・ショパン~NO.12「豊穣のノアン」

いよいよショパンの超名作群が登場してきます。

ヌーブルジェは今回トリ。ポロネーズop53、第6番「英雄ポロネーズ」です。

いよいよ来たか、ですね。

さて、この超超メジャーな曲を、ヌーブルジェがどう料理するか、もう居ても立ってもいられません。

その前に、エル=バシャがなかなか堂々たる幻想曲を披露し、そして、ケフェレックがスケルツォ4番と、バラード4番でまたまた素晴らしい演奏を聴かせてくれました。スケルツォはまさに諧謔に溢れ、バラードは詩情に溢れており、音色はあでやかで華々しく、今まで知っていたのに、ケフェレックを聴いていなかったことが悔やまれます。

ヌーブルジェはこれら先輩達に負けない演奏ができるでしょうか。

英雄ポロネーズは有名なだけに、名演奏も多く、逆に個性を出すのが難しいことも懸念されます。

さあ、始まりました。

序奏、歯切れがよくリズム感が抜群。やや早めのテンポです。このテンポで持つでしょうか。

ポロネーズに入ります。最初のテーマは人によっては少し遠慮がちに弾くものですが、分厚く堂々としています。猛烈な推進力でありながら、決めがするどく、前のめりになることはありません。

和音が厚くなった2回目のテーマは、もの凄い迫力。スピードもまったく落ちません。

逞しいテクニックがないときれいに弾ききれない中間部。

まったく危なげなし。リズムも狂わず、実に軽快。フォルテシモへの盛り上がりはすさまじい。

そして、経過部分は澄み切った優しい音で、実に繊細。

テーマが再現し、コーダまではまた一気呵成に駆け抜け、終止も見事!

いや、あっぱれ!!!!

ここまで、どちらかというと、深く、落ち着いた解釈で弾いていたような感がありますが、この英雄は、若さを全面に出し、猛烈な推進力と極めて鋭いリズム感で弾ききりました。

手が痛くなるほど拍手しました。

これまで、私の中では、スタニスラフ・ブーニンがショパンコンクールで弾いたライブが最も好きでした。多少ミスタッチがありましたが、あっポロネーズって3拍子だったんだと気づかせてくれたリズム感、大きな構成力、そして雄大な大音量。まさに英雄にふさわしいと思っていました。

しかし、この日、一番が入れ替わりました。

ヌーブルジェの方がはるかに洗練されており、それでいて、英雄にふさわしい勇猛さも備えています。

有名曲でトリだったため、観客が沸いたことは当然です。

4番の時にもこれくらい湧いて欲しかったのですが、まあ、仕方ありませんね。

結果的に、英雄ポロネーズが、ヌーブルジェ最後の演奏となりました。

ショパン晩年の円熟した名作群を是非彼の演奏で聴いてみたかったところではありますが、まだ若い彼のこと、これからまだまだ聴くチャンスはたくさんあることでしょう。

ル・ジュルナル・ド・ショパン~NO.11「新しい道」

午後一番の最初にヌーブルジェは登場です。

ワルツop42とフーガイ短調。

ワルツは今回初めてなので、楽しみです。

フーガは曲を知りません。フーガだけに、これを聴けば、バッハの演奏を想像できるかもしれません。

ワルツは、スケールの大きい実に堂々とした演奏でした。

ワルツの軽妙さは廃し、かっちりとした構成感で、違うジャンルのような感じを受けました。

素晴らしい演奏に、会場から拍手が起こりました。

これまで一人が弾き終わるまで拍手はしない暗黙のルールだったのが、ここで破れました。

そろそろ、皆もヌーブルジェの素晴らしさがわかってきたようです。

フーガは変わった曲でしたが、落ち着いて、しっとりと、そしてフーガらしく。

これは、バッハも期待できそうです。

この公演のトリのケフェレックの弾いたバラード第3番も実に素晴らしく、良いもの聴いたなという感じでした。

ル・ジュルナル・ド・ショパン~NO.10「情熱の奔流」

日が変わり、11月30日(日)の朝の公演です。

トリのバル=シャイの第2ソナタがメインでしょう。

その前座という感じで、ヌーブルジェはノクターンのop37-2。

良い曲ですが、小曲でまたまた地味です。

次の48-1だったら、などとつい考えてしまうのが、素人の浅はかさです。

こういう曲を素敵に弾いてしまうのが、ヌーブルジェの素晴らしいところなのでした。

ピュアでブリリアントな音色。ゆったりとした流れの中でも、心地よいリズム感。

心が洗われるようです。

朝から良い気分です。

ル・ジュルナル・ド・ショパン~NO.9「マヨルカの雨」

11月29日の最終公演は、残念ながら、ヌーブルジェの出番はありませんでした。

この公演のメインは、ジュジアーノによる、24の前奏曲です。

教科書のお手本といったような、演奏でした。

正しいショパンはこれですよ、といったような。

ショパンはジュジアーノのように弾いた、と評されたこともあるそうですが、ショパンの曲にはもう少し華やかさがほしいものです。

ジュジアーノは、1995年のショパンコンクールで、1位なしの2位に輝いています。

なぜ、1位なしの2位なのかが、なんとなくわかります。

ル・ジュルナル・ド・ショパン~NO.8「サンドとの出会い」

公演も夜に入り、いよいよ雰囲気が高まってきました。

ショパンの作品も中期の名作群がだんだん登場してきます。

大変楽しみです。

今回ヌーブルジェはトリ。

曲目はまたもやポロネーズ。op40-2。第4番です。

これまた、あまり演奏の機会のない曲です。少々がっかりです。

実は、あまり覚えておらず、メロディーが浮かんできません。

1番~7番までのポロネーズでメロディーが浮かんでこないのが、この4番だけでした。

ヌーブルジェは若いせいなのか、どうもマイナーな曲ばかりふられているようです。

軍隊ポロネーズを、バル=シャイがなかなか聴かせた後だけに、期待と不安がいりまじった気持ちで、出番を待ちました。

しかし、演奏が始まると、すぐに不安の方は消し飛びました。

出だしのアレグロ・マエストーソ。

やや遅めのテンポ、深くえぐるような左手のタッチ。もの凄い集中と、そして、絶妙な間の取り方。

まさに厳かです。あっという間にヌーブルジェの世界に引き込まれてしまいました。

冒頭テーマが繰り返されるたび、胸が熱くなり、とうとう涙が溢れてきてしまいました。

なんと素晴らしい曲なのでしょうか。いや、ヌーブルジェの魂がこのあまりメジャーとはいえないポロネーズを、名曲として蘇らせたのです。

また、ブラボーと叫びたいところでしたが、感極まって声を発することさえできませんでした。

後になって思うと、この曲の演奏が、ル・ジュルナル・ド・ショパンにおけるヌーブルジェの演奏の白眉だったのではないでしょうか。

それくらい、感動的な演奏でした。

こんなに感動したのは、5年前にツィメルマンのショパンの第3ソナタを聴いた時以来でした。

今回、ちょっと無理をして、まる2日間のチケットを購入したことは、大正解でした。

2009年2月12日 (木)

ル・ジュルナル・ド・ショパン~NO.7「内なる声へ」

さて、この日3回目のコンサートでは、エル=バシャが弾く、op25のエチュードがメインと誰もが思っていたことでしょう。

私はすでに、ヌーブルジェの次の演奏を待つ気持ちでいっぱいでした。

ポロネーズの1番と2番なら良く知っています。

昔、若きポリーニがポロネーズ集を出したとき、それはよく聴いたものです。圧倒的なダイナミックレンジを誇る、もの凄い演奏でした。もっとも、色気がないとの批判もあったものです。

エル=バシャは、6人のピアニストの中で、最も音量が小さく、控えめで端正な演奏をする人です。彼のエチュードには、すでに、あまり期待していませんでした。

さて、ヌーブルジェは最初に登場しました。

まずはop26-1のポロネーズ第1番。

勇壮な序奏。ポロネーズらしいリズム。強弱の対比。ノクターン風の中間部。なかなか素敵な曲で私は好きです。

ただ、下手なそこらの音大生などが弾いた日には、悲惨な結果が待っています。まず、出だしが格好良くきまらないでしょう。

ヌーブルジェの演奏は、それは見事でした。

曲の性格を把握し、対比を見事に表現。力強い部分はより力強く、優しい部分はより優しく。ボレロでもそうでしたが、とにかくリズム感が良い。テクニックに余裕がある。音色が全く濁らない。そして、時折みせる、いやらしくないルバート。

聴いていて、嬉しくて顔が紅潮していくのがわかるようでした。

2曲目は、op26-2のポロネーズ第2番。

1番とうってかわって、ピアニシモで開始。徐々に盛り上がり爆発。

ロンドの様に2つのテーマが交互に現れるので、いかに飽きさせずに弾くか。

ここでのヌーブルジェは、間の妙技を見せます。

もともと休止の多い曲です。この休止でテーマを切り替えているわけですが、この休止をも音楽にしてしまっています。

なんともいえぬ、やや長めの絶妙な間。

これは、よくクリスチャン・ツィメルマンがやります。想像しているより、ちょっと長い。それが、音楽になんとも言えぬ緊張感を醸しだします。

ただ、こういう弾き方は相当な集中力を要するはずです。ヌーブルジェは、その弾き方にも現れていますが(斜め左下に頭を傾ける)、めいっぱい集中を保っています。息をのむようです。

結局、この曲の演奏も非常に味わい深く、素晴らしいものでした。

ポリーニの「どうだ参ったか!」という演奏とは違い、心につきささるような演奏でした。

ポロネーズとしてはマイナーな2曲を、メジャー並に格上げするような演奏だったと言えましょう。

私は感激してしまって、生まれて初めて「ブラボー」と発してしまいました。

感動に満たされた中、児玉さんの味気ないノクターンが終わり、エル=バシャのエチュード。

予想していたよりは、確固たる演奏でした。ただ、エチュードこそ、ポリーニ盤という、永久不滅の名盤があるので、それを基準につい聴いてしまいます。多少上手なピアニストはいくらでもいますから、ポリーニを凌駕するのは並大抵のことではないと思います。

会場は、エル=バシャにもの凄く沸きました。

私は最初のヌーブルジェの感激にまだ浸っていました。

会場を出る際、思わず「いやー素晴らしかった」とつぶやいたら、隣にいた女性が「そーですよね、エル=バシャって凄いですね」と話しかけてきたではありませんか!

苦笑いして「ハー」としか言えませんでした。

わたしゃ、ヌーブルジェのことを言ったんですから。

ル・ジュルナル・ド・ショパン~NO.6「惜別の甘い調べ」

昼をはさんで、この日(11月29日)2回目のコンサートです。

今回は5人が登場します。ヌーブルジェは2人目。

最初のジュジアーノは、やはりおとなしくインパクトが薄かったです。

さて、ヌーブルジェの演奏曲は、2曲。

「ノクターン op15-2」と「ボレロ op19」です。

ノクターンは有名な曲です。スタニスラフ・ブーニンがショパンコンクールで弾いた演奏が耳に残っています。つい先だって、横山幸雄のコンサートでも聴きました。

なかなか素晴らしい。きれいな音色と、緩急の差、微妙な間合い。良いではないですか。

しかし、びっくりしたのは、初めて聴く「ボレロ」の方でした。

出だしの序奏から引きつけられ、ポロネーズ風のテーマが始まると、その躍動感、切れ味の良さ、ブリリアントな響きに目を見張るものがありました。

初めて聴くのに、楽しい楽しい。こんな曲がまだあったなんて、不覚。

でも全集でもないかぎり、普通のCDには録音されませんからね。

ただし、この時点ではまだヌーブルジェの評価が私の中で固まったわけではありませんでした。この先もう少し聴いてみたい。

この後、児玉桃譲とアンヌ・ケフェレックおばさん(失礼!)が今回お目見えしました。

残念ながら、児玉さんはややタッチが荒く(下部雑音というのでしょうか、鍵盤を強く叩きすぎます)あまり関心しませんでした。

ケフェレックは、艶があって、楽しい演奏でした。

ル・ジュルナル・ド・ショパン~NO.5「若きエトワール」

2008年11月29日(土)、ル・ジュルナル・ド・ショパンの第3日目、いよいよショパンの名作群がたくさん登場してきます。

この日から鑑賞の開始です。

2日間で合計10のコンサート。ひとつが短いとはいえ、相当ハードです。果たして集中力が持つことやら。

しかし、かわるがわる違うピアニストが登場する趣向のおもしろさと、そのピアニストたちの個性の豊かさ、そしてショパンの音楽のすばらしさに、その心配は杞憂に終わりました。

朝1番のコンサートの3番目の奏者としてヌーブルジェは登場しました。

まだ若々しいスリムな青年です。

曲目は「演奏会用アレグロ op46」

全く初めて聴く曲です。

「演奏会用」というだけあって、外面的効果をねらった、華やかな曲です。かなりテクニックも要する感じです。

ヌーブルジェは、曲のイメージ通り、躍動感に溢れたすばらしいテクニックを披露しました。

しかし、何せヌーブルジェも初めて、曲も初めてですから、素人の感想としては、「なかなかうまいじゃん」としか言いようがありませんでした。

ただし、すでにこのコンサートで4人が登場(エル=バシャ、バル=シャイ、ジュジアーノ、ヌーブルジェ)したわけで、終了後にもう一度聴いてみたいとしたら、ヌーブルジェだな、と感じました。

なぜなら、エル=バシャとジュジアーノは、オーソドックスで控えめな表現でややもの足りず。

バル=シャイは個性的でしたが身体が動きすぎ、ミスも多くやや見苦しい。

その中でヌーブルジェは音色がきらびやかで集中力もあり、テクニックも完璧だったからです。

もっと良く知った曲だったら、もう少し初回で掴めたと思いますが、このマイナーな選曲こそ、実はヌーブルジェの才能を知る鍵だったことがあとで判明します。

2009年2月11日 (水)

ヌーブルジェ発見

大変な才能を発見しました。

彼の名は、ジャン=フレデリック・ヌーブルジェ。

フランス人のピアニストです。

1986年生まれの若干22歳の若者です。

2008年11月29日(土)~30日(日)に初台のオペラシティホールで開催された、ル・ジュルナル・ド・ショパンに行ってきました。

その時演奏した6人のピアニストのうちの1人が、ヌーブルジェでした。

その演奏は、圧倒的であり、魂を揺さぶるものでした。

すでに、一昨年の2007年、日本でリサイタルデビューしていましたが、私にとっては、ル・ジュルナル・ド・ショパンが、彼との最初の出会いです。

私の感性に間違いがなければ、彼は巨匠への道を歩むことでしょう。

まだメジャーな存在となる前の、きらめく才能を発見した喜びで、大変興奮しています。

これから、ヌーブルジェの成長を、コンサートやCDで追いかけていきたいと思います。

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